




阿賀野川河川敷を歩き「水俣病被害者の切り捨てがないようにしてもらいたい」と話す野口静枝さん=21日、新潟市江南区江口
「被害者の声をなぜ聞いてくれなかったのか」。衆議院の解散直前になって国会が水俣病救済特別措置法を成立させたことに、本県の未認定患者からは政治不信の声が上がっている。半面、今後国が具体的な救済範囲などを決めるときには被害者の希望が反映されるよう、政治の力に期待もしたい。胸には「政治家にもっと水俣病を理解してほしい」との思いが募る。
「結局、選挙を前にしたドタバタの中で決まってしまった」。力が入りにくい右手の指をさすりながら、新潟水俣病の未認定患者、野口静枝さん(73)=新潟市東区中興野=がつぶやいた。特措法が成立したのは8日。麻生太郎首相が解散・総選挙の日程を決めた13日の、わずか5日前だ。
与党と民主党が特措法の詰めの協議をしていた6月下旬から7月上旬。本県や熊本県の被害者団体のメンバーらは連日、国会前で「切り捨ては許さない」「被害者の声を聞け」と訴え続けた。
野口さんも訴えに加わった。国会に行くのも、座り込みも初めてだった。「声を聞いてほしい」との思いが背中を押した。2年前に手術した両ひざは今も痛む。足を引きずりながら、陳情に議員会館を回った。
阿賀野川の河口近くで生まれ育ち、家の食卓には川魚やシジミがよく上がった。川魚は「8人きょうだいの中で私が一番好きだった」。右手に力が入りにくくなったのは44歳ごろ。タクシー運転手を始めて、数年たったときだった。「お客さんから受け取ったお札を、指先で触っても何枚か分からなかった」という。それでも定年まで、運転手を勤め上げた。
与党と民主党の協議では、救済対象となる症状が追加された。しかし、救済を求める人の3分の1ほどが一時金支給の対象から外れる見通しだ。潜在的な被害者をどう掘り起こすのか、その方法も不透明だ。「よくなると信じていた。政治に期待していたのに」と、野口さんは今も納得できない。
野口さんが参加する阿賀野患者会は、特措法に反対している。野口さんは6月、患者会の仲間計27人で国と原因企業の昭和電工を相手取り、損害賠償を求める訴えを新潟地裁に起こした。救済法が期待はずれだった今、「司法による救済しかないのか」と、裁判を続ける決意でいる。
だが野口さんは、政治の果たす役割になお期待も懸けている。特措法による具体的な救済の中身が決まるのはこれからだ。「もっと被害者に目を向けてほしい」と声を振り絞った。
2009年07月24日