7月18日-7月21日の記事と写真 <22日以降へ><17日以前へ>


●7月21日夕刊●


◎三条市で夜間診療スタート

 「7・13水害」の被害を受けた三条市で、日中の復旧作業に追われて、医療機関に行けない人などのために、同市と同市医師会は二十日夜から、市内二カ所で臨時の夜間診療を始めた。けがをしたお年寄りや、具合の悪くなった子供が訪れ、治療を受けていた。
 同市総合福祉センター(東本成寺)には心電図や点滴を備え、内科の慢性疾患のある人やけが人に対応。初日は内科や整形外科の医師六人が受け持ち、開始の午後七時半を待たずに次々に訪れたけが人の治療に当たった。救急車で運び込まれる人の姿もあった。
 被災した家の片付けで足をけがし、十五日から我慢していたという同市四日町の前田弘二さん(69)は「水害から一週間休みなく働き、放置してたら化のうした。夜も診てもらえるのは心強い」と話していた。
 三条総合病院(塚野目五)には小児科医が待機し、体調不良を訴える幼児らを診療。鼻の周りがかぶれた同市内の男児(3才)は軽症だったが、両親は「医院の予約をしても道路が渋滞して、いつ到着できるか分からない状態」と緊急時の不安を口にした。
 同医師会は市外、県外からのボランティア医師の応援を受け、七月いっぱいは夜間診療を続ける方針。草野恒輔会長は「症状が重くならないよう何でも早期に相談してほしい」と話している。

◎ペットも「避難」−県央動物保護センター

・被災者、片付け中の世話託す

 「7・13水害」で被災した人たちから預けられたペットが、西蒲中之口村三ツ門にある県央動物保護管理センターに保護されている。「親せきの家に身を寄せたが動物までは無理だ」という人や、「家の片付けが長引きそうだ」という人が世話を託していく。
 被災動物は、県内五カ所のセンターが保護所となっている。大きな被害が出た三条、見附市などを担当する県央センターには、二十日までに犬と猫計十九匹が預けられた。環境の変化に敏感な猫は、落ち着かない様子も見せるという。
 災害発生当初は、迷子のペットが増えるだろうと予想されたが、今のところ飼い主とはぐれて保護されたペットは県央センターにはいないという。
 同センターの浅間康代さんは、家族とペットとのきずなの確かさに安どの表情を見せながら、「できるだけ早く家族の元に返してあげたい」と話していた。

●7月21日朝刊●


◎生活再建支援法を適用

・7市町村 全半壊世帯に

・1465人なお避難生活


 中、下越を襲った「7・13水害」で二十日、県は三条市など七市町村で浸水によって住宅が全、半壊した世帯に対し、「被災者生活再建支援法」の適用を決めた。同日現在、三条市の千二百八十五人など、六市町村で計千四百六十五人の住民がなお避難所生活を余儀なくされている。
 同法の対象は、三条、見附、長岡、栃尾市、三島三島町、和島村、南蒲中之島町の七市町村。被災者の申請によって、全壊した世帯に最高三百万円、半壊した世帯に最高百万円が支給される。
 同日現在、全壊した家屋は二十二棟で、このうち七市町村では中之島町が十五棟、栃尾市二棟、和島村一棟。半壊は百四十四棟で、中之島町が百三十九棟を占め、栃尾市が二棟。全、半壊の被害世帯は調査状況が進むとさらに拡大する可能性がある。床上、床下浸水は県内で二万五千七百七十七棟に達し、このうち七市町村は94%に当たる二万四千二百七十四棟を占める。
 また県は同日、市町村税などの優遇措置を取るよう関係市町村に働き掛けた。
 新潟地方気象台によると、二十一日は東北地方にある梅雨前線が本県上空に南下し、昼前から雨となる見込み。同日夕方までの二十四時間雨量の予想は多い所で八〇ミリで、土砂崩れなどへの警戒を呼び掛けている。

◎連休明け 人手激減

・ピーク時の4分の1

・復旧作業まだ半ば 物資不足も深刻に

 「7・13水害」で被災した南蒲中之島町や三条市では三連休明けの二十日、県内外から駆け付けたボランティアが激減し、平日の人手不足が深刻な課題になってきた。中之島町のボランティアセンターでは「復旧作業はこれからが本番」と支援を呼び掛けている。

 〈中之島〉同センターには三連休中、連日千人を超すボランティアが県内外から駆け付けたが、二十日は約四百人にとどまった。
 地域によってはまだ大量の土砂が自宅や道路を占拠≠オており、「作業は人海戦術しかない。とにかく多くの人に現地に来てほしい」と同センター。被災した男性(62)=同町中之島=は「昨日はボランティアが十五人も来てくれたのに今日はまだ来てくれない。土砂の排出もあと一息なのに…」とため息を漏らす。
 同センターの中心メンバーで、福島県の特定非営利活動法人(NPO法人)「ハートネットふくしま」の吉田公男理事長も、「土砂が乾かないうちに復旧作業を終えなければならない。もっと県内の人たちが自分の身になって考えて」とボランティアの必要性を訴えている。  町では、二十一日から夏休みに入る高校生のボランティアを募集。午前七時半から数回、見附駅と同センターを結ぶ送迎バスを運行する計画だ。
 物資の不足も深刻だ。防じんマスク、モップや竹ぼうきが足りず、お年寄りには、つえなども必要だという。自転車の要望も多い。連絡先は町災害対策本部、0258(66)1310へ。

 〈三条〉同市東本成寺の市総合福祉センターにある三条災害ボランティアセンターも、二十日には人の少なさが目立った。センターによると、同日のボランティア参加は、ピーク時の四分の一の約三百人まで減少した。
 同センターでは、連休が終わったこと以外に、「一週間経過し、災害は一段落という印象が広がっているのではないか」と懸念。「復旧作業はまだまだこれから。多くの参加が必要だ」という。
 惨状を全国に知らせるため、ボランティアにカメラ付き携帯電話で現地の模様を写してもらい、インターネットで紹介する工夫も始めた。
 被災者の中には心労から、メンタルケアなどの専門知識を持ったスタッフを求める声も高まっている。
 南四日町の八十歳代の主婦は「私と夫だけでは、どこから手を付けたらよいのかも分からない。ぜひ助けに来たいただきたいと願っている人はたくさんいる」と訴えていた。

◎災難つけこむ悪事ご用心

・商店に侵入の男逮捕

 「7・13水害」で被災した三条市内の商店に侵入したとして、三条署は二十日午後一時すぎ、住居侵入の現行犯で同市内の無職の男(57)を逮捕した。
 調べでは、男は同日午後一時すぎ、侵入した食料品販売店から五十メートルほど離れた園芸用金物の製造会社に入り、物色しているところを社員に見つかり逃走。食品店に駆け込んだところを、交通整理に当たっていた警察官に取り押さえられた。
 同署は被災地での盗みなどの犯罪を警戒、機動隊の応援を得て、二十四時間体制でパトロールしている。

◎五十嵐川堤防決壊の原因めぐり意見対立

・県 側「溢水で強度低下」

・専門家「形跡見られない」

 三条市に大きな被害をもたらした五十嵐川の破堤原因について、河川管理者の県は、堤防を乗り越えた水が堤防の住宅地側を削って破堤した「溢水破堤」とみているのに対し、専門家は「水が堤防を乗り越えた形跡はない」と溢水を否定、見方が分かれている。
 破堤地点近くに住む女性(64)は「まず土手を乗り越えるように水が流れ込んで、堤防が壊れた」と証言した。
 こうした目撃情報を基に、県河川管理課の佐藤成昭課長は「水が堤防を乗り越えたことによる溢水破堤とみるのが自然ではないか。住宅側が削られて堤防の強度が低下し破れたのでは」と説明。
 これに対し、視察した新潟大工学部の大熊孝教授(河川工学)は、堤防の住宅地側の地面から水や土砂が吹き出していることから「堤防下のもろい砂マ礫(れき)層が水圧で押し流され、堤防を支えきれなくなった」と推測する。
 民間研究所「岡本マ水K文(すいKもん)・河川研究所」を主宰する岡本芳美・元新大工学部教授は「川底や堤防前面が水流でえぐられ、堤防の強度が失われたと考えるのが一般的。堤防の強度そのものに問題があった可能性もある」とみる。
 大熊教授、岡本元教授はいずれも「破堤地点の周辺では、堤防上の低木にごみが引っかかるとか、植物が倒れるなど水が堤防を乗り越えた形跡が見られない」と「溢水」の可能性を否定する。
 県の「溢水」説は目撃情報を根拠にしているが、大熊、岡本両氏は「破堤が始まり、堤防の高さが失われれば、いずれにせよ水は堤防を乗り越える」と反論している。

◎刈谷田川、溢水前に側面から噴出

・住民証言 「パイピング現象」発生

 「7・13水害」で三人の命を奪い、百五十四戸の家屋全半壊を引き起こした南蒲中之島町の刈谷田川左岸の堤防決壊の生々しい状況が、目撃した住民らの証言で二十日までに明らかになった。噴き出す水、みるみる削り取られていく堤防。決壊はあっという間だった。
 水害が発生した十三日昼すぎ、堤防に面する同町中之島の自宅にいた自営業大竹建司さん(36)は、ただならぬ気配を感じた。「堤防を見ると、地面から高さ一メートルほどの側面からわき出すように水が吹き出ていた」。まだイ溢水(いっすい)前だった。水が堤防に浸透して吹き出す「パイピング現象」が発生した。
 同じころ、近くに住む自営業皆川実さん(64)は刈谷田川にかかる今町大橋の上から、川の様子を写真に撮っていた。「見ているうちに水かさが増えてあふれ出した。何分もかからなかった」
 皆川さんから連絡を受けた息子の博則さん(35)は、土のうの積み上げ作業に駆け付ける。既に堤防上は深さ三十センチほどの水があふれ出ていた。足を取られそうな勢いだった。あふれた水が堤防外側の土を削り取り、やがて堤防上部には左右に裂けるように割れ目ができた。「水が割れ目に流れ込んでいたから近くまで歩いていけた。ずっといたら流されていた」と博則さん。
 堤防は土が流され、内側のコンクリートブロック面だけがむき出しのまま残った。結局支えきれず、ブロック面の倒壊とともに、濁流は一気に住宅街をのみ込みんだ。直撃したお寺の本堂は、皆川さんの目の前で崩れ落ちていった。
 刈谷田川の決壊現場を視察した金沢大学土木建設工学科の玉井信行教授は、「水が堤防に浸透して吹き出す『パイピング』は特異な現象ではない。溢水との複合的な作用で決壊に至ったのではないか」と推測している。


●7月20日夕刊●


◎中之島、長岡−小中学校の授業再開

・通学路に笑顔戻る

 「7・13水害」で学校の周囲が水没し、休校が続いていた南蒲中之島町の中央小と中之島中で二十日、一週間ぶりに授業が再開した。同日は長岡市の新組小と浦瀬小でも再開し、子供たちの元気な笑顔が戻ってきた。両市町は、これですべての小・中学校で授業が始まった。  中之島町鶴ケ曽根の中央小ではこの日、教員に引率された子供たちが元気に登校、先生や友達との再会を喜んでいた。だが全校児童四百五十一人のうち、自宅の被害が大きく、遠くの親せきに身を寄せているためなどから、四十人以上は登校できなかった。
 刈谷田川の決壊によって、被害の大きかった中之島地区には教職員が迎えに行き、子供たちは足もとの安全を確認しながら登校した。児童は長靴をはいて泥やがれきが残り、復旧作業のトラックや重機が行き交う通学路を歩いていた。
 同小では水害が発生した十三日、帰宅できない児童が不安な一夜を明かした。
 子供たちは登校するとすぐ、寝泊まりしたときのままだった教室の掃除や片付けを行った。その後、全校集会が開かれ、東樹哲夫校長が「みなさんの笑顔と元気な姿が地域の人の励みになる。みんなで力を合わせて元気で明るい中之島町をつくっていきましょう」と呼びかけた。
 五年の久保倉周太君(11)は「友達が無事か心配だったけど、久しぶりに会えてよかった」とうれしそうだった。

◎三条は7校で休校続く

 三条市では二十日、被災しなかった五十嵐川北部の十五小中学校では十六日から開始している短縮授業を実施、一方被災した同川南部の七小中学校は同日以降も休校し、二十四日から夏休みに入る。
 休校が続く七小中学校では落ち着き次第、各校で子どもたちを集めて何らかの形で終業式を行う。このうち西鱈田小では、連絡事項は担任が各児童宅をまわって、手紙で手渡すという。村田洋子校長は「児童らを少しでも励ましたい」と目を潤ませる。
 避難所になっている月岡小では、被災者が自宅の復旧作業や仕事に出掛けたため、人もまばら。月岡茂久校長は「避難所としての作業で手いっぱいだったものが、ようやく学校の復旧へ向けた仕事ができるようになった。今後、夏休みを前に成績処理などの事務作業に入らなければならない」と話していた。
 同小に避難している本成寺中二年、塚本菜々香さん(13)=曲渕二=は「自宅から教科書などを取り出してきたので、勉強も始めたい。早く友達に会いたい」と疲れた表情ながら、気丈な様子だった。

◎あす昼から県内に前線

 県内は二十日、下越などの山沿いの一部で弱い雨が降る小康状態となり、大雨の可能性はなくなった。新潟地方気象台によると二十一日は昼すぎから、再度梅雨前線が県内にかかり、雨が降りやすくなる。
 二十一日昼までの二十四時間雨量は、下越の多い所で約一〇ミリと予想。東北にかかっている梅雨前線の南下に伴い、同日昼すぎから、より強い雨が降る恐れがある。
 同気象台は、これまでの雨の影響で少しの雨でも土砂災害、増水が起こりやすくなっている地域があるとして、注意を呼びかけている。


●7月20日朝刊●


◎首相が被災地視察 激甚適用に前向き

 中、下越を襲った「7・13水害」から七日目の十九日、小泉純一郎首相が被災地に入り、県が週明けにも国に申請する「激甚災害法」の適用について、「当然考慮すべきだ」と前向きな姿勢を示した。一方、三条市は一万五百五十五世帯に出していた避難勧告を全面解除。県内の勧告対象は五市町の五百六十世帯に減った。中、下越では二十日明け方から再び大雨の恐れがあり、同日夕までは河川が増水しやすい状態が続く見込み。
 小泉首相は、南蒲中之島町の刈谷田川決壊現場や同町中之島の被災地域、浸水した三条市の刃物工場などを視察。同行した平山征夫知事や地元首長、県関係国会議員らから被害の実態について説明を受けた。国の被災地支援について「政府として全力を挙げて対応する。できることからできるだけ早く始めたい」と述べた。
 三条市は、決壊した五十嵐川の仮堤防設置にめどがついたとして、避難勧告を全面解除。同市内の断水も高台の一部を除いて回復した。しかし自宅の傷みがひどいなどの理由で、三条市の二千二百三十人を含め、なお二千五百十七人が避難所での寝泊まりを余儀なくされている。
 新潟地方気象台によると、日本海側に停滞した梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込むため、二十日の中、下越は再び大気の状態が不安定になる見通し。明け方から夕方にかけ、所により一時間に二十―三十ミリの強い雨が降る恐れがあるとして、警戒を呼びかけている。

◎「小泉さん助けて」被災者懸命な訴え

 「頼りにしてます。小泉さん助けてください」―。「7・13水害」で被災した南蒲中之島町などを十九日、視察に訪れた小泉純一郎首相に、被災者は復旧作業で疲れ切った体を乗り出しながら、懸命に国の支援を訴えた。首相の手を握り、じっと離さない人もいた。
 首相は同日午後三時すぎ、同町役場に到着。平山征夫知事や樋山粂男町長らの先導で、泥や家財道具、ごみであふれ返る県道見附・中之島線を歩いた。被災者に手を振りながら「お疲れさま。頑張ってください」と声をかけ、作業を手伝うボランティアや自衛隊員を励ました。
 刈谷田川左岸の決壊現場では、県の担当者から説明を受け、決壊現場に近く、本堂が流された寺では「お墓も全部倒れたのか…」と厳しい表情でつぶやいた。避難所となっている町民文化センターも視察。「国も一生懸命応援するから頑張ってほしい」と声をかけ、長期にわたる避難生活を強いられている住民をねぎらった。
 被災者は屋根が傾いた家の前で、泥をかき出す作業の手を休め、「急に水が入ってきて畳が全部だめになった。何とか支援をお願いします」と窮状を訴えた。
 同町中之島の古西トシエさん(75)は「首相が来てくれて元気が出た。復興支援を頑張ってくれると思う」と国の支援に期待を示したが、「今更何しに来たの。長靴も履かないで」と厳しい声も上がっていた。
 中之島に先立って、三条市では刃物工場「タダフサ」を視察。曽根忠一郎社長が浸水した工場を案内しながら「商売をやめなくてはならない人がいっぱいいる。無利子の融資など資金繰りの援助を」と訴えると、首相は「うんうん」とうなずいていた。

◎高齢者、疲労の色濃く

 「この先、どうしたらいいのかねぇ」―。「7・13水害」の発生から一週間目の十九日、三条市の五十嵐川南部地区に出されていた避難勧告は解除された。しかし同市や南蒲中之島町などで、自宅が被災し帰る当てのないお年寄りは、不自由な避難所暮らしを続けるしかない。一階が浸水し自宅二階などで暮らすお年寄りにとっても前途は明るくない。途方に暮れる声を漏らすお年寄りたちの心や体にも被害が広がっている。

〈三条〉
 「目が回ってふらふらする。家が気になるが、手の付けようがない」
 同市曲渕の無職大場芳和さん(75)は市内の避難所で、がっくり肩を落とした。七十歳の妻と二人暮らし。家は決壊した堤防に近く、水は背を超すほど上がった。
 家の片付けでボランティアに来てもらったが、「べと(泥)がひどくて、何もできなかった」。
 避難所でよく眠れず、巡回の医師から精神安定剤と睡眠導入剤を出してもらった。「気兼ねのない家がいい」が、「いつ帰れるか分からない」と不安の表情を浮かべる。
 同市南四日町の女性(62)は、妹と避難所に逃げ込んだ。「床の上で寝るので背中が痛い。着の身着のままで出たので、下着の替えがなく、つらい」と訴える。
 家は水浸し。家財道具は一切使えなくなった。「新しく買う金もないし、先の生活がならない。助けがないとやっていけない」とため息をつく。
 かろうじて浸水から逃れ自宅二階で独り暮らしする同市北四日町の堀勇さん(83)は、近所の人に「片付けするよ」と声を掛けられたが、「おら、どうしたらいいのか分からん」と途方に暮れた。
 同市曲渕の女性(83)は「昨年亡くなった夫がこんなひどい目に遭わなくてよかった」と話し、「巡回の看護師や医師ら皆、親切でやさしい。十日町のうどんやおにぎり、豚汁は本当においしかった」と各地からの支援に涙をこぼした。

〈見附〉
 見附市では、市内三カ所の避難所に四十人ほどが避難。そのうちの一つ市総合体育館で渡辺俊江さん(63)は「(自宅が帰れる状態ではないので)今のところ不自由はないが、いつまでいられるか考えると…」と不安をのぞかせた。
 同体育館に派遣された看護師によると、血圧に不安を抱えたり、頭痛を訴えたりする人もいるが、深刻ではないという。しかし、「精神的に疲れが出てくると心配」と話していた。
 月見台二の独り暮らしの女性(71)は「健康状態はいい。こんな状態だから無理も言えないし」と話したが、「野菜や果物が不足している」と訴える男性もいた。

〈中之島〉 
 中之島町では、町民文化センターをはじめ三カ所の避難所にまだ約二百人が生活している。このうちおよそ半分は、お年寄りだ。食事はおにぎりにパンと偏り、洗濯もできない。町は「避難している人は精神的、肉体的に限界に近づいている」と懸念を深める。
 「まだ気が動転しているのかよく眠れない」と話すのは、同町中之島の中島二郎さん(76)。避難所に来てから体調を崩したという主婦(60)は「少しでも早く仮設住宅に引っ越したい。自宅へ行くと思い出すから今も近寄れない」とショックを引きずっている。
 一方、逃げる途中、濁流に流されそうになった早川トヨさん(77)は「亡くなった人もいるのに助けてもらった。食事もできるし、ここにいられるだけで喜んでいる」と気丈に話していた。

〈長岡〉
 猿橋川の支流浦瀬川があふれた長岡市浦瀬町では、発生から一週間たっても自宅や道路の復旧のめどが立っていない。避難所生活を続ける十八世帯四十二人は、疲労の色を濃くしている。
 十九日は、五百人近い市内の消防団とボランティアが住宅や道路の泥をかき出したり、流木を取り除いたりした。被害の大きい地域は、道路が狭くてトラックや重機が十分に入れず、復旧には相当時間がかかるという。
 避難所の山本コミュニティセンターでは、日中でも、ぐったりとした様子で横になるお年寄りの姿が目立つ。無職甑沢源蔵さん(83)は「早く家に帰りたいが、いつになるか分からない。先のことが不安で仕方がない」と力なくつぶやいた。

◎仮設住宅の入居受け付け始める
 三条市は十九日から二十三日までの予定で、応急仮設住宅の入居受け付けを避難所などで開始した。戸数は申し込み状況を見て決定する。入居は最大二年で市内の五カ所に建設し、入居は八月中旬になる見通し。

◎三条市医師会が夜間診療開始差し替え
 「7・13水害」で体調不良を訴える被災者が増えていることから三条市と同市医師会は、二十日から総合福祉センター(同市東本成寺)と三条総合病院(同市塚野目)の二カ所で夜間診療を行う。
 同医師会によると、日中の復旧作業から夜、避難所に戻ってくる被災者たちから「熱が出た」「夜パニック状態になった」などの症状が増えているという。
 このため、同医師会では、日中行っていた医師二人と看護師による避難所の巡回診察から夜間診療に切り替える。
 今後、ごみ処理の際には衛生上の問題もあり、同医師会の上村旭副会長は「感染症などの病気も心配される」と話す。
 夜間診療は、午後七時半から九時半まで。総合福祉センターは内科の慢性疾患や外科・整形外科、三条総合病院は小児の急病。両施設にそれぞれ医師五人を配置する。


●7月19日朝刊●


◎三条で1遺体発見、死者15人に

・なお4千人が避難生活

 中、下越を襲った「7・13水害」から六日目の十八日、三条市で行方不明になっていた女性が遺体で発見され、死者は十五人となった。大雨は小康状態となり、南蒲中之島町など六市町村で避難勧告が解除されたが、三条市や長岡市、見附市など六市町では依然として避難勧告が継続中で、約四千人が避難している。また、自宅に戻る被災者が増えるにつれ、清掃作業などを行うボランティアの不足が懸念されている。
 十八日午前十時前、三条市曲渕二の用水路で同所、主婦江川貴子さん(42)の遺体が発見された。三条署の調べでは、江川さんは十三日、自宅から避難した後、連絡が取れなくなっており、水害で水死したとみられる。
 中之島町をはじめ、小千谷市三島和島村、同出雲崎町、刈羽小国町、同高柳町は避難勧告を解除した。これによって被災した住宅の復旧作業が本格化。被災地では同日、県内外から駆け付けた三千三百人のボランティアが清掃や泥出し、家具・畳の搬出などの作業を行った。
 十九日は中之島町と三条市、見附市だけで五千人以上のボランティアが必要となる見込みで、県災害救援ボランティア本部では多くの参加を呼び掛けている。
 また水害で破堤した六河川のうち、被害の大きかった五十嵐川を除く五河川(刈谷田川、能代川、稚児清水川、猿橋川、中之島川)については十九日中に応急的な措置が完了する見込み。

◎117本運休、県内JR

 梅雨前線による大雨の影響で十八日、県内では引き続き列車の運転見合わせが相次いだ。JR東日本新潟支社によると同日午後十時現在、上越線、只見線、米坂線、信越本線、羽越本線、夜行列車の計百十七本が運休した。また最大九十四分の遅れが発生、約一万四千人に影響が出た。

◎久々7晴れ間、片付けに汗−三条・中之島・長岡

・作業資材の不足も

 「7・13水害」で大きな被害を受けた南蒲中之島町や長岡市、三条市では十八日、雨が上がり、六日ぶりに太陽が顔をのぞかせた。被災住民やボランティアは、強い日差しに水が引いた道路で泥が乾燥し、土ぼこりが舞い、異臭が漂う中、マスクを付け早期復旧へ汗を流す人の姿が目立った。
 中之島町では自衛隊のほか県内外から約千二百人に及ぶボランティアが駆けつけた。
 幹線道路に沿った商店街では、道端に積まれた廃棄家財の山がトラックのピストン輸送で目に見えて減ったが、小路はまだ手つかずの深刻な状態。路上の泥もたい積したままで、住民は「外が片づかないと家の中のものが出せない」と困り切っていた。
 一方、町が用意した土のう袋や一輪車などの作業資材が不足し、土のう袋の配給は一世帯五枚に制限された。町は周辺の業者に手配しているが、在庫がない状態だ。
 日本赤十字茨城県支部のボランティア、浅川久雄さん(62)は「ボランティアは十九日までの連休が勝負。せっかく来てもらっても資材がないのは残念。汚水がまじった泥が発酵してきたようだし、人手があるうちに家の中の泥をかき出してしまいたい」と憂慮する。
 長岡市浦瀬地区では、一部で避難勧告が解除された午後から、消防団員やボランティア約三百人が復旧作業に当たった。気温が上昇する中、作業着を汗だくにして、道路や側溝を埋めた土砂をシャベルや重機でかき出していた。
 三条市では、断続的な雨で清掃作業を中断された十七日とは打って変わり、五十嵐川南部のあちこちで、住民らが終日、後片付けに追われた。
 今度は暑さが心配されたが、住民らは「風があるから大丈夫」と語った。同川下流に注ぐ島田川沿いの家を清掃していた西四日町三、自営業加藤修一さん(37)は「最後まで水が引かず、大変だったが、応援の人もたくさん来てるし、みんなで頑張れば何とかなる」と前向きに話していた。

◎再び前線北上、土砂崩れ注意−新潟地方気象台

 新潟地方気象台によると、十八日に福井県で大雨を降らせた梅雨前線は、南にある太平洋高気圧の勢力の強まりにより、十九日、再び北上する見込み。
 十八日に天候が小康状態となった県内は、十九日昼から夕方にかけて一時間に一〇ミリ以下の弱い雨が予想されるが、同気象台では、地盤が緩んでいるため、山沿いでの土砂崩れに引き続き注意を呼びかけている。


●7月18日朝刊●


◎浸水2万5000棟超す

・中之島に避難指示
・三条の2遺体身元確認
・県北へ被害拡大

 中、下越を襲った「7・13水害」から五日目の十七日、県内全域で再び激しい雨が降り、河川の増水、土砂崩れが相次いだ。南蒲中之島町の二地区で避難勧告より一ランク上の避難指示が発令され、岩船関川村では一時、全村住民に避難勧告が出された。避難指示・勧告は十三市町村の一万四千三百四十五世帯に上った。床上、床下浸水も県内で二万五千棟を超えた。避難者は約八千三百人に増えた。
 県内は同日、各地で集中豪雨が発生。堤防が破堤した三条市の五十嵐川や、見附市、中之島町の刈谷田川でも再び水位が上昇した。刈谷田川沿いの同町中之島、五百刈の二地区千九十七世帯に避難指示、十八日に完成予定だった破堤四カ所の仮堤防建設も中断した。見附市では木造の町屋橋が洪水で流された。
 関川村では荒川や支流の増水のため、十七日午前七時前から湯沢地区など三地区三百七十九人に避難指示・勧告を相次いで発令。午後一時半には避難勧告を全村の二千百六世帯七千四百十二人に広げた。
 下流の荒川町では貝附地区五十五世帯に一時、避難勧告を出した。対岸の神林村でも午後二時すぎ、全村へ避難準備命令を出した。村上署管内では午後六時半現在、床上、床下浸水合わせて四十九棟。土砂崩れは十七カ所で発生。国道が一時通行止めとなり、荒川の水位が危険水位を超えた。
 中頚吉川町でも一部地区で避難勧告が出た。
 佐渡市では大雨による土砂崩れで県道佐渡一周線が一時通行止め。願地区では民宿の裏山が崩れ、北鵜島地区では北鵜島川が増水し、住民らが土のうを積んだ。
 一方、三条市新保の水田で十七日午前、県警ヘリなどによって相次いで発見された男性二人の遺体は、十三日に同市に仕事で来て行方不明となっていた長岡市今朝白二、会社員飯田貞雄さん(63)と、中蒲亀田町中島三、会社員辻浦和夫さん(37)の二人と確認された。三条署の調べでは、いずれも水死だった。
 県から災害派遣要請を受けている自衛隊は十七日、被害が甚大な三条市、中之島町、田上町に再び入り、泥でふさがった小学校など公共施設への進入路確保や水道供給の支援活動を展開した。

◎上・中越に強い雨雲

 県内には発達した雨雲が上、中越地方を中心に流れ込んでおり、十八日明け方にかけて一時間に四〇―六〇ミリの非常に激しい雨が降る恐れがある。
 新潟地方気象台によると、岩船、新発田、五泉、三条、小出、六日町、柏崎、長岡、上越東頚城の各地域では過去数年で最も土砂災害の危険性が高まっているとして、引き続き厳重な警戒を呼びかけている。
 アメダスの観測データによると、十七日午前零時―午後十時までの降水量は、岩船朝日村三面一七二ミリ、北魚入広瀬一四三ミリ、栃尾市守門岳一三九ミリなどとなっている。

◎関川−響く雨音 募る不安

・住宅浸水、田畑が冠水 「羽越水害思い出した」

 豪雨の猛威はどこまで広がるのか。「7・13水害」から五日目の十七日、県内は全域で強い雨に見舞われ、一時全村に避難勧告が出された岩船関川村では、避難先の小中学校七カ所に住民約千五百人が集まった。みるみる増水する荒川。三条市や見附市などでの痛ましい水害の直後だけに、遅れてやってきた豪雨に住民はいっそう不安を募らせた。
 同日午前五時ごろから激しい雨が降り始めた同村では、同七時前に災害対策本部を設置した。同村下関、農業佐藤成一さん(46)は「朝の土砂降りで、二階の窓を開けても隣の屋根さえ見えなかった。どおっという雨音で、一九六七年の羽越水害を思い出した」と緊迫した表情で振り返った。
 一時通行止めとなった、荒川をまたぐ国道290号高田橋の橋脚には、のたうつ濁流が激突。近くの高田地区では畑や水田が約四十センチ冠水し、住宅に迫った。上流の岩船ダムの放水量は、ピーク時で通常の約四十倍。自宅が床上浸水した同村下関、無職津野宏さん(61)は「廊下の板のすき間から一気に水が吹き出てきた」。
 正午までに三地区に避難勧告・指示を出した同村は、午後一時半、二千百六世帯の全村に勧告を拡大。村中心部の関谷中学に続く坂道は、三十分後には住民や物資を運ぶ車の長い列ができた。
 畳やござが敷き詰められた同中体育館は、住民や近くの高齢者施設から避難したお年寄りなど約八百人で埋まり、あふれた人は教室にも。校内のスピーカーから流れる役場の情報に聞き入った。
 同村の避難勧告は地区ごと午後七時半ごろまでに徐々に解除された。「ほっとしました。でも、また大雨でここに戻ってくることにならないか不安です」と同村下関、会社員松田裕美さん(44)。午前七時前に避難勧告を受けた田麦千刈地区などの四十六人が女川小学校で一夜を過ごした。同地区区長の伊藤広一さん(64)は「早く雨がやんでほしい。眠れない夜になりそうだ」とぽつりと語った。

◎中之島−薄い危機感 対応後手に

・連絡網機能せず

・県の警報局3月末に廃止

 刈谷田川の堤防決壊で三人が死亡した南蒲中之島町で、避難勧告の遅れとともに、勧告を伝達する連絡網が機能しなかったことが十七日、分かった。流域に設置されていた県の警報局が今年三月末で廃止されたタイミングの悪さも重なるなど、イ脆弱(ぜいpじゃく)な危機管理が浮き彫りとなった。
 同町が避難勧告を出したのは、十三日午後零時四十分。刈谷田川堤防が決壊するわずか十二分前で、同じ流域の栃尾、見附市に比べて、一時間以上も遅い。
 県は同日午前十時、流域三市町に警戒水位に達したことを連絡。県刈谷田川ダム管理所は同十一時半には「非常事態」と判断し、独自に規定外の呼び掛けもした。
 勧告発令は自治体の裁量に任されている。早朝から道路水没などが相次いでいた栃尾、見附に対し、中之島はそうした前兆がなかった事情はあるが、町職員幹部OBは「勧告発令の決断は難しい。でもこれだけ情報があったら他に取るべき対応があった」と残念がる。
 町は避難勧告を出すと街宣車で広報し、嘱託員と町内の各班長を通じて各戸に伝達する。また消防団幹部に無線で通報し、町内に十数基ある消防サイレンを鳴らすことになっている。
 だが、町は十三日、嘱託員を通じた連絡網を使わなかった。佐々木保男助役は「余裕がなかった」と話し、消防サイレンも鳴ったか把握していないと、対応のまずさを認める。街宣車も住民から「聞こえなかった」という指摘が相次いでいる。
 一方、県は刈谷田川流域に設置している警報局のうち、中之島の全五基を含む計十基を三月に廃止した。刈谷田川ダム管理所は「警報局はダムの放流に伴う水位上昇を知らせるもので、避難勧告の広報手段ではない」と説明。しかし、半径二キロにサイレンの音が届くため、これまで自治体の広報を補完する手段として運用してきた。結果として、廃止が裏目に出た。

◎被災地にボランティア続々

・県内外から学生ら

 「助かる」「ありがたい」―。三条市、南蒲中之島町、見附市など「7・13水害」の被災地に十七日、県内外からボランティアが、連休を利用して続々と駆け付け、時折激しい雨がたたきつける中、泥の掃き出しやゴミの排出に没頭した。広がる支援の輪に、被災者は感謝していた。
 「ナホトカ号重油もれの時、県外の人たちから助けてもらった。今回はその恩返し」。五十嵐川が破堤、濁流があふれた三条市嵐南地区。福井県からバスで来た二十人余りは、軒端まで積まれた畳や家電、家財道具の山に驚きながら、被災者宅に向かった。
 「テレビで見た以上にひどい」と絶句した看護師、浅見貴子さん(24)。「私も泣きながら重油をすくった。今は被災者が少しでも前に進めるよう手伝うだけ」
 災害看護を学ぶ福井大医学部の学生六人は、鼻やあごの先についた泥もぬぐわず、車庫に厚く積もった泥をスコップですくい、袋に詰めた。四年の野口宣人さん(28)は「ほっとけない、何か役に立てればと来た。声掛けは控え、指示されたことに黙って集中したい」。
 ボランティアの派遣を受けた会社員女性(30)は「家族だけではどうにもならない。精神的にも落ち込んでいたのですごく安心した」とほっとした様子。娘と二人暮らし、水害で風邪をこじらせたという女性(55)は、新潟市のボランティア訪問に「ありがたいことです」と、泥だらけのリビング、タイヤやテレビが流れ着いた庭を指しながら、声を詰まらせた。

   ■    ■    ■

 南蒲中之島町には同日、県内外から約八百五十人のボランティアが駆けつけ、午後には、陸上自衛隊高田駐屯地から隊員約二百五十人が到着した。
 ボランティアセンターの窓口が置かれた同町町民文化センターには早朝から、個人や職場単位で集まった人たちが次々と申し込みを済ませ、スコップを手に住民の元へ。首都圏から来て、車で寝泊まりしながら活動を続ける人もいる。
 黙々と土のうを積み上げていた同町の小柳尚世さん(24)は「雨が強くなると不安ですが、今日はここまでできました」と指を差した。「町全体が水に沈んだよう。まだ人手がいるんじゃないか」と驚いた様子の長岡市の会社員女性(32)。被災した同町中之島の坂田定雄さん(61)は「家の中の泥はだいぶ片づいた。とても心強かった」と笑顔を見せていた。
 一方、陸上自衛隊は泥やがれきでふさがっている県道見附中之島線の復旧に着手。重機が入れるよう、隊員がスコップで泥をかき集めた。

 見附市でも約五百五十人のボランティアが尽力。数人でチームを組み、ごみ処理や家の後片付け、床板上げをした。ボランティアからは「独り暮らしの高齢者が心配」「ごみの処理や家具の移動などが大変」といった声が聞かれた。

◎上教大などもボランティア派遣

 上越教育大は十九、二十の両日、水害で校舎内に泥がたまった三条市の四日町小学校に同大学生・院生をボランティアとして派遣、清掃作業を行う。上越市も十八、十九の両日、見附市へ消防団を派遣、中頚清里村も同市へ職員を派遣する。
◎ごみ排除 本格着手

・三条市が24時間態勢

 三条市は水害で発生したごみの一斉排除作業に十七日から本格的に取り組んだ。五十嵐川左岸の嵐南地区で各世帯が道路に出したごみをダンプに積み、同市上須頃の信濃川河川敷にある三条競馬場跡地に運び込んだ。
 跡地内の約一・六ヘクタールに鉄板が敷かれ、泥にまみれたタンスや家電製品などが、約七十台のダンプによるピストン輸送で次々と降ろされた。
 当初の予想を超える量のごみが出されたうえ、週末で被災者を訪ねる車の増加で道路は大渋滞。作業が進まないため、同市は計画を変更。夜間の交通規制を強化し、市外からの応援も受けて、二十四時間態勢で当たる。
 また、休校となっている市内の三小学校を連休明けから再開させようと同日、自衛隊百五十人近くが同市入りして、復旧作業に着手した。

◎三条市が仮設住宅建設へ近く住民に調査

 三条市は十七日、水害の被災住民のために仮設住宅を建設する計画を発表した。近く被災者を対象に入居の希望調査を行う。対象は、水害の被災者で再建までの自宅を確保できない人。建設は八月中旬の入居を目指して進められる予定という。

◎中之島町で住民票交付再開

 水害で役場庁舎が浸水し、市民サービスがストップしていた南蒲中之島町で十七日、住民票などの交付が再開した。町民文化センター図書室内に臨時窓口を設置。十八日以降も午前十時から交付を行う。交付できるのは住民票、印鑑証明、国民健康保険被保険者証、所得証明、納税証明だけ。







【写真】「7・13水害」で出たごみの山=B19日に視察に訪れた小泉純一郎首相も「どうやって処分するのか」と質問していた=21日、見附市の県営中部産業団地



【写真】避難中や清掃時にけがをした人が次々に訪れた臨時の夜間診療所=20日午後8時30分ごろ、三条市東本成寺の同市総合福祉センター



【写真】家族との再会を待つ犬たち=中之口村の県央動物保護管理センター



【写真】粗大ごみとなった家財道具を次々とトラックに積み込む住民ら。手を休める暇もなく作業は続いた=20日午前11時ごろ、三条市諏訪2



【写真】家の中の泥をバケツリレーで運び出すボランティア。平日の人手不足が深刻だ=20日午後2時ごろ、中之島町中之島



【写真】破堤原因をめぐって、県と専門家の見方は分かれている五十嵐川の破堤地点。奥に見える土のうは仮設堤防=20日、三条市諏訪新田



【写真】粗大ごみが積み上げられた脇を集団で登校する児童たち=20日午前7時30分すぎ、中之島町中之島



【写真】刈谷田川の決壊現場を訪れた小泉純一郎首相(中央)。被災した妙栄寺跡では、修復した堤防の様子や被害状況を視察した=19日午後3時20分すぎ、中之島町中之島(代表撮影)



【写真】市の回収車で、道路に出された泥まみれの家財道具が集められた=18日午前11時前、三条市南四日町



【写真】久しぶりに太陽が照りつける中、復旧作業が本格化。土のう袋などの資材が不足した=18日、中之島町中之島



【写真】激しい雨で刈谷田川の水位が再び上昇し、土のうを積んで警戒する住民=17日午後8時30分すぎ、見附市今町



【写真】不安な表情を浮かべて避難した村民=17日午後6時ごろ、関川村の関谷中学校体育館



【写真】厄介な泥の除去作業をする高校生。多くのボランティアが町の復旧に汗を流した=17日午前9時半ごろ、中之島町中之島



【写真】被害を物語る水害ごみが集積された三条競馬場跡地=三条市上須頃



<22日以降へ><17日以前へ>