奈良の古寺と仏像 - 会津八一のうたにのせて

寄稿 唐招提寺 十一面観音菩薩立像(重文)の展示によせて

写真家 高橋与兵衛(胎内市)

 仏像に心を寄せる一人として、今回の仏像展開催は喜びに堪えない。昨今の世情と、本県にとって二度の震災を経て元気を取り戻すに、大きな力になることは間違いない。画期的なことは、門外不出の国宝・中宮寺の如意輪観世音菩薩として親しまれている菩薩半跏像をはじめ、14件に及ぶ重要文化財と31件の仏像や関係資料が展示されるのだという。ここで私が特に強い関心を寄せているのは、唐招提寺から出展される重要文化財の木造十一面観音菩薩立像である。

 去る1月28日付、新潟日報本紙に発表された写真でこの尊像の来県を知った。実は以前から、このご仏像には特別の感情を抱いていたのである。それには端的に言って、次の3点が挙げられる。その一つは、気品漂う美しい面相の中に、若い女性に見る清新さが感じられるとともに、今に通じる美しい容姿であること。二つ目は、彫りが繊細で美しいこと。そして三つ目は、頭上の十一面が六面だけになっていることの意味についてである。

 さて、この尊像が近く拝観できることが報じられて以来、果たして会場に行ってゆっくり拝観できるのであろうか、場合によっては面前に立ち止まることさえ許されないかも知れない。そんな思いに駆り立たてられた。それでは先ず唐招提寺に本像を訪ね、普段のお姿を拝観し、近代美術館の展覧会では、いわゆるお出ましの一味違った姿に、接したいとの思いを強くした。

 こうしたことで、3月25日に唐招提寺を訪ねたのである。折しも前夜から降り出した雨は、無情にも晴れることはなかった。境内の桜は三分から四分咲きで、奈良の春とは言っても、寒さは新潟と変わらないほど寒く冷え切っていた。あこがれの十一面観音菩薩は、南大門の正面金堂の左手に会津八一の歌碑「おおてらの まろきはしらの…」を見ながら、右手に入り、校倉造の宝蔵脇の前方正面にある新宝蔵に安置されているという。雨の中を、くたびれた折りたたみ傘をぎすぎすさせながら急いだ。この新宝蔵は1970年に完成した鉄筋コンクリート作りの大きく、立派な建物であった。

 一段と高い階段から、右側に入ると受付があり、正面を仰ぐと中央には像高3.53メートルの巨大な木造大日如来坐像がどっしりと鎮座していた。その様は場内を圧倒する大ききと威厳を誇っていた。その左右に四体ずつのご仏像が整然と立っておられた。この中に目をやると、直ぐにお目当ての尊像に目が行った。それはあたかも、大勢の中にいるマドンナを見出すことに等しく、たやすい事であった。先ずは正面の大日如来坐像にそんな心を静め参拝すると、十一面観音菩薩の正面に立った。初めて目が合った。切れ長の穏やかな目元、二重顎が引き締まりきりっとした口元、少女がちょっと済ましたような顔立ちである。正面から仰ぐ顔のつくりが、いきさか小ぶりに感じることが、それを助長しているのかも知れない。胸元を見ると、美しい胸飾りが彫り出され、精微な瓔珞が輝いているかのようである。この文様は東洋的な香りが漂い、腕釧の見事な彫りと合わせ本像の大きな特徴でもある。また、くびれた胴と腰からの長い足、現代女性を思わせる長身で均整が取れた姿である。そして、ふっくらした手や足元からは、ほのかな少女の面影がしのばれる。心を寄せながらじっと目を注いでいると、凛とした姿からは多くのメッセージが伝わってくるように思えた。そうした時、ふと感じたのは時折、波長が波打つような風を心に感じたのである。それは何故かと、じっと目を凝らすと、天衣が左側面からの風を受けて、かすかに揺れる様を流れるように彫り出した、造形美にあったのである。そして、このことによって静かに立った姿に動的な部分が添えられて、若さと溌刺さが表現されていたのである。この繊細にして優美な姿から奏でる仏像の心に、かつて感じたことのない感慨に浸りながら頭上に目が行った。通常、十一面観音菩薩像は頭上に、小面を十面あるいは十一面置かれるが、本像には六面にとどまっている。これに関しては、学術的にも特に記されず、この六面も後補であろうとある。重要なことは、この欠落したであろう四乃至五面を、何故に補完しなかったのであろうかということである。思うにこれは単純に補い形として十一面が揃ったとしても、現存する六面の個々の表情から想像する欠落以前の姿に再現することはできないと考えてきたからであろう。そんな思いを巡らしていると、多くの人が立ち入ってきた。

 場内は寒かったが、ここに長く立っていたのでは迷惑にもなると思い、向かって左方向に二・三歩動き、何となく振り返って尊像に目をやった時のことである。「ウッ!」と言って立ち止まった。そのところから観る姿は、正面から見るのとは全く違ったのである。その方向は45度くらいの角度であった。気品あふれる面相、豊満にして、きりっとした立ち姿。近寄りがたい貴婦人の姿であった。正面から見る胴のくびれと、腕との隙からスリムにさえ見える姿が、この角度から見たときに腕と天衣によって、腕の下の隙間がなくなり厚い胸によって体形が全く違って見えたのである。仏師はこうしたことを存分に意識しての像造であったに違いない。仏像には特別なもの以外に性別はない、しかし、これは女性の進化の二面性を表出した稀有の仏像、天平文化を象徴する、素晴らしい十一面観世音菩薩立像であった。

 さて、まだ閉門にはまだ時間があったが、伽藍全体も見たかったので新宝蔵を後にした。時間を逆算すると、新宝蔵には少なくとも延べ4時間はいたことになる。延べというのは、場内があまりに寒く暖を求めて売店に何度も行き来していたのである。また、その通りがかりに金堂に寄ったり、講堂に行ったりしていたのである。その間は雨が降り続き、校倉造の経蔵の桜と滴る水滴はバックの校木(あぜき)に映えて天平の美をほうふつさせていた。短い時間であったが境内を一巡した。金堂前に出ると、会津八一の歌碑の白い標識は、金堂の八本の円柱を眺めている会津八一自身の姿にも見えた。

 こうして振り返りながら南大門を後にした。帰途には写真家・入江泰吉の写真に見る、薬師寺の土塀を見つつ西ノ京駅に急いだ。京都駅に向かう車中で、うとうとしながらも唐招提寺の長い歴史と、荘厳なる境内、そして開基の鑑真和上のことなどが脳裏に浮かんだ。 あの温かみの中にも神秘的な十一面観音は、あの崇高な唐招提寺の山内に長い歴史と共に歩み、森羅万象多くの衆生の心を慰め、癒しながら今にある。そして、近く再び新潟の地に感動をもって会える、憧れの尊像に心を寄せながら京都駅を発ったのである。

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