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新潟日報の歩み

1877年
「新潟新聞」創刊
1942年
新潟日日新聞、新潟県中央新聞、上越新聞が合併し、「新潟日報」が誕生。発行部数84,206部
1955年
新潟市大火。本社(新潟市東中通)類焼、長岡支社で新聞印刷発行
1957年
全焼跡地に地下1階、地上4階の社屋完成
1964年
6月16日午後1時2分、新潟地震が発生、夕刊発行不能に。夕方、長岡支社で4ページの写真特集を発行
1970年
本紙発行部数が30万部突破
1980年
本紙発行部数が40万部突破
1982年
本社を新潟市西区善久に移転
1984年
すべての工程から鉛が消える
1989年
NIE(教育に新聞を)推進委員会が発足
1997年
本紙発行部数50万部達成
2001年
BSN、JR東日本と共同で新潟駅に「メディアステーションbanana」を開設
2002年
新媒体「assh」(アッシュ)創刊
2003年
アルビレックス新潟とユニホームスポンサー契約
2004年
ニュースセンターなど一連の社屋整備完了
7.13水害が発生。10月23日には中越地震が発生し、特別輸送態勢で被災地に新聞を届ける
2005年
新潟大停電が発生。非常用発電で夕刊を発行
2007年
48ページ印刷20個面カラーが可能に
7月16日に中越沖地震が発生、避難所に朝夕刊を配達
広報宣伝車「かける君」を導入
2008年
携帯電話向けニュースサイト「新潟日報モバイル」スタート
長岡支社を移転新築、愛称は「メディアぷらっと」
2011年
3月11日に東日本大震災が発生、緊急時相互支援協定に基づき、「河北新報」、「山形新聞」の発行を支援
新潟日報こども新聞「月刊ふむふむ」創刊。2012年9月から週間に
2013年
本社機能を新潟市中央区万代に移転。「メディアシップ」出航。
「電子版・新潟日報モア」スタート
2014年
黒埼本社(メディアポート)に「おもしろしんぶん館」を開設
2015年
中学生以上の10代に向けた「fumufumuJ」創刊
2016年
11月夕刊が進化した媒体「Otona+(おとなプラス)」創刊