2005衆院選
09月16日
新潟激戦譜2区・「台頭」
05衆院選
鷲尾が若さで肉薄 地盤確立の夢散った近藤
「近藤の政治基盤を確立する大切な選挙。今回地盤を固めれば、そうそう崩れることはない」 投票日前日、吉田町で開かれた自民前職・近藤基彦の個人演説会で地元県議が声を張り上げた。
2区は近藤と民主新人・鷲尾英一郎の事実上の一騎打ち。相手は地盤も看板もない公認会計士。約10年、2区に根を下ろし、桜井新・現参院議員ら保守系候補と激戦を重ねてきた近藤にとって、今回の選挙は保守票を一本化し、確固たる地盤を築く絶好の機会だった。しかし―。
近藤約11万4000票に対し鷲尾約10万2000票。薄氷の勝利だった。多くの保守票が鷲尾に流れ、比例での復活当選まで許した。「地盤確立」は夢と散り、次回選挙への危機感だけが強まった。
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「あと1週間あれば逆転されていた。勝ったのに負けた気分だ…」。鷲尾の台頭に、近藤陣営の1人はつぶやいた。 近藤は票田柏崎、燕両市で鷲尾に敗れ、西蒲、三島両郡でも接戦に持ち込まれた。鷲尾が解散後二度しか足を運んでいない、近藤のおひざ元・佐渡市でも1万3000票余を奪われた。
近藤が鷲尾の台頭を許した原因は何なのか―。 「鷲尾をなめきっていた。動きも見えず安心しきっていた」。県議の1人はそう吐き捨てた。
当初から陣営に広がっていた安泰ムード。これが32支部ある後援会の運動量の激減を招いた。かつて支持者をまとめ上げた町村議員も市町村合併で失職。陣営関係者は「議員バッジを外した途端に熱が冷めたようだ」と嘆く。近藤本人も普段、後援会に顔を出す機会は少なく、密接な関係が構築しきれなかった。
さらに、陣営関係者は過去の桜井新との戦いが残した桜井支持者の根強い「近藤アレルギー」や、郵政法案の衆院採決での棄権行動の影響も理由に加える。
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「変えます。28歳」。鷲尾のポスターや運動員のTシャツに刷り込まれたフレーズだ。鷲尾は連日こなした街宣や街頭演説で若さを積極的にアピール、若年層、子育て世代への浸透を図った。
「若さ」はかつて近藤の強みだった。46歳だった2000年、議員生活20年の実績を訴える67歳の桜井新を相手に世代交代を強調、初当選を果たした。しかし今回、近藤の武器だった若さを鷲尾が奪い、それを最大限生かした形となった。
投票1週間前の世論調査で若年層から圧倒的な支持を得ていた近藤だが、投票日の出口調査では20―30歳代で鷲尾とほぼ互角の支持に追いつかれた。鷲尾陣営は「28歳という若さに新鮮味を感じ、期待する有権者が多かった」と振り返る。
「若さ」は陣営の組み立てや戦略にも表れた。鷲尾選対のボランティアは20歳代が中心。最終盤は手分けして複数個所で早朝のつじ立ちを敢行、約30台設置した電話から鷲尾支持を訴え、鷲尾猛追の一翼を担った。
これに対し、近藤の後援会は60―70歳代が中心。陣営の1人は運動量の差を認めた上で「後援会の若返りを図り、近藤本人が地元とのコミュニケーションをしっかり取らないと、次は勝てないだろう」と強調する。
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当選を決めた後、近藤は「これほどつらかった選挙は実はなかった」と表情をこわばらせた。 組織の緩み、まとめきれなかった保守票。そして何より近藤の地盤を揺るがした新人・鷲尾の台頭。1選挙区に自民、民主の2人の衆院議員が並立する構図に、近藤は戦略の練り直しを迫られる。 近藤陣営のある関係者はこう不安を漏らした。「鷲尾は保革問わず票を取れるタイプ。国会でもまれたら、いい政治家になる。そして相当な脅威になる」。 (敬称略)
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