女子50メートル背泳ぎで銀メダルを獲得し、笑顔を見せる山田美幸=2日、東京アクアティクスセンター
女子50メートル背泳ぎで銀メダルを獲得し、笑顔を見せる山田美幸=2日、東京アクアティクスセンター

 阿賀野市京ケ瀬中3年の山田美幸選手(14)が2日、競泳の女子50メートル背泳ぎで2位となり、100メートルと合わせて二つの銀メダルを獲得した。
 この「記者日記」で前回、山田選手を10歳の頃に取材した印象として「笑顔がかわいらしい少女」と書いた。ただ当時、母親はもっと昔を振り返り、「美幸も私も笑顔がなかった」と語っていた。

 両腕がなく脚も長さが違って生まれた山田選手に、母親は「どう育てて良いか分からなかった」という。そんな状況を変えたのが、阿賀野市の「こどものことばとこころの相談室」だった。

 相談室は、障害がある0~18歳を一貫して支援している。山田選手は幼い時から通い、できることを一つ一つ増やしていった。

 山田選手が京ケ瀬小に上がる際には、相談室を中心に関係機関が集まり、どうすれば安全にスクールバスに乗れるかなど、学校に通うための課題を解決していった。「美幸一人のために、みんなが集まってくれたんです」。母親は当時の感激を振り返ってくれた。

 相談室の歴史は古い。京ケ瀬村時代の1987年、障害のある子を持つ8家族が「子どもと共に歩む会」を結成。相談室開設に向けて奔走した。当時は障害者への理解はそれほど進んでおらず、陳情先の議員からは「そんなものをつくっても、あんたらしか使わないよ」と冷たくあしらわれたという。

 4年の活動を経て、91年にようやく、前身となる相談室が京ケ瀬村に開設された。8家族の子どもたちは既に小学生になっていて、支援の効果が十分に期待できるとされる時期を過ぎてしまっていた。だが、活動は大きな礎となって地域の力になり、山田選手の育成にもつながったと言えるだろう。

 山田選手の母親はしみじみと語った。「ここに住んでいることが幸運だと思っている」。本人の頑張りはもちろんだが、力となった関係者や阿賀野市の住民の方々にも、心から敬意を示したい。

(報道部・違浩司)