9月の声とともに、クーラーが急におとなしくなった。天気予報も傘マークが並んで秋めく。過ぎゆく夏は、ウイルス禍が拡大の一途で、歴史に残る炎陽の季節になった

▼帰省やキャンプ、花火、家族旅行、盆踊り…。昨年に続き、恒例行事は中止された。「夏休みの絵日記のネタがありません」「架空の話を書いてもいいですか」。ネットの相談サイトに同情したくなるような声が上がっていた

▼「夏、何してた?」。秋口になると、友達や同僚からの質問が残酷な問いにもなる。平成生まれで最初の直木賞作家、朝井リョウさんは、このやりとりをエッセーで「夏裁判」と呼んだ

▼8月も末になると、若者は会員制交流サイト(SNS)にせっせと自分の写真を上げる。表立って旅行やレジャーに行けなくても笑顔満載のカットが続く。それは夏裁判に備えた、物的証拠の準備のようだ

▼人生で1回だけの、この夏がつまらなかった。そう他人に見られたくはない。幸せそうと思われたい。親世代からも、そんなぎらぎらとした執念を感じたという。こうした屈折した自己顕示の時代を、朝井さんはSNSに重ねた

▼政治家も自己顕示に余念がない季節である。衆院議員にとっては、任期中の働きに対する判決ともいえる総選挙が迫る。疫病対策の国会召集は見送られる一方で、選挙をにらんだ思惑は十重二十重に交錯している。国民の生活をしっかり見据えているか。有権者はよく目を凝らし、こう問いただすだろう。「夏、何してた?」