県駅伝で村上チームの一員として力走する永田務。故郷への思い入れは強い=2019年、新潟市内
県駅伝で村上チームの一員として力走する永田務。故郷への思い入れは強い=2019年、新潟市内

 東京パラリンピック最終日の5日、陸上男子マラソン(上肢障害T46)に永田務(37)=新潟県身体障害者団体連合会・新潟市西区=が登場する。高田自衛隊での競技やウルトラマラソン、パラスポーツと活躍の場を切り開いてきた永田の原点は、出身地の村上市だ。右腕に大けがを負った時に励まし、復帰の舞台をつくったのも村上の仲間だった。故郷への感謝の思いも込め、走り出す。

(本社取材班・河野雄也)

 日本海が間近に迫る村上市瀬波地区。永田の実家裏には、松林がある。太り気味だった小学生時代、家に帰ると松林で走った。「とにかくやせなきゃと。自転車に乗った弟を追いかけて走ったこともあった」

 走る楽しさを知り、村上一中、村上桜ケ丘高では陸上部に所属。県代表にもなった。高田自衛隊でも駅伝などで主力を務めた。

 除隊後の2010年12月、勤務先の村上市のリサイクル工場で右腕をベルトコンベヤーに巻き込まれた。先が見えない入院期間、村上のランナーたちから寄せ書きが贈られた。ランナーとしての復帰を願う言葉で満ちていた。

 書き込んだランナーの中には、毎年秋に地域対抗で行われる県縦断駅伝(現・県駅伝)の村上チームのメンバーもいた。永田は、高校生の時からたびたび村上チームの一員として出場していた。

 「励ましてくれてありがたかった」。温かい寄せ書きは、長い入院生活と10回に及んだ手術を乗り越える力になった。

 永田は右腕に障害が残ったが、再び走り出した。12年秋の県縦断駅伝に村上チームから誘われた。担ったのは、初日の3区と最終日のアンカー。チームには、比較的負担が少なく、注目を集めるアンカーに起用して永田の復帰を飾ろうとの思いもあった。

 最終日、永田は区間7位でゴール。村上チームのコーチだった鈴木勇一さん(51)=村上市=は「十分な走りで貢献してくれた」と感慨深そうに語る。

 その後もウルトラマラソンなどでの活躍と並行して駅伝への出場も重ねた。「永田さんの走りが、地元の若手の奮起につながってきた。東京パラでも村上の誇りとして頑張ってほしい」と鈴木さんは期待を込める。

 地元への思い入れが深い永田は言う。「村上が自分を育て、走らせてくれた」