日の丸を広げ、銅メダル獲得を喜ぶ永田務=5日、国立競技場(写真映像部・立川悠平撮影)
日の丸を広げ、銅メダル獲得を喜ぶ永田務=5日、国立競技場(写真映像部・立川悠平撮影)

 自分の可能性を信じ、42・195キロを走り切った。5日の東京パラリンピック陸上男子マラソン(上肢障害T46)で永田務(37)=新潟県身体障害者団体連合会・新潟市西区=が、銅メダルを獲得。粘り強い走りで示したのは、ハンディの有無にとらわれず挑戦する姿だった。

 2019年、永田は勤めていた県障害者交流センター(新潟市江南区)の上司からパラ陸上の関東大会への参加を誘われた。

 右腕に障害があるとはいえ、100キロを走るウルトラマラソンの日本代表になり、フルマラソンの自己記録も、けが後に更新している。

 パラスポーツについてほとんど知らない自分が戦うことに意味はあるのか。「考えていて答えが出なかった」と振り返る。

 大会に参加してから、少しずつ意識が変わった。伴走者に誘導された視覚障害者が自分と同じぐらいの速さで走るのを見て「いままで感じたことのないすごさ」に圧倒された。障害が同程度のパラ選手で、自分より速い人がいることも知った。「勝ちたい」。闘争心に火がついた。長期に及ぶ障害のクラス分け手続き、度重なる公式大会の延期を乗り越え、東京パラへの切符を手にした。

 それまでの陸上人生でも自分を一つの枠にはめることはしなかった。高田自衛隊除隊後のモチベーションが下がりかけた時期、100キロを走るウルトラマラソンに出合い、活躍の場を広げた。

 冬季五輪スノーボードで2度銀メダルに輝いた村上市出身の平野歩夢が、東京五輪スケートボードに出場した。「自分が活躍できる分野はそこしかないと思い込むと可能性は広がらない」。同郷のアスリートが冬と夏の五輪の舞台で奮闘する姿を見て、その思いをさらに強くした。

 人生の節目節目で闘志をかき立ててくれる場所を求め、勝負と記録に向き合ってきた。上肢障害T46クラスのマラソンに出場した初めての日本代表として銅メダルをつかんだ永田は、「これからも自分がやりたいと思う道に進みたい」と挑戦を続ける決意を示した。

(本社取材班・河野雄也)