篠田桃紅さんの作品の前で思い出を語る館主の松木志遊宇さん=新潟市中央区の篠田桃紅作品館
篠田桃紅さんの作品の前で思い出を語る館主の松木志遊宇さん=新潟市中央区の篠田桃紅作品館
個展の会場を訪れた104歳の篠田桃紅さん(左)といとこで映画監督の篠田正浩さん。亡くなる直近まで制作に励んでいた=東京都港区の菊池寛実記念美術館

 墨を生かした抽象作品で世界的に活躍し、今年3月に107歳で亡くなった美術家の篠田桃紅さんは、本県と深い縁がある。新潟市中央区には「篠田桃紅作品館」があり、厳選されたコレクションが展示されている。戦後に来県した折などには書家で歌人の會津八一と会い、その作風や人柄をエッセーなどにつづってもいる。五感を研ぎ澄ませ、心に浮かぶものを一気に表現してきた篠田さんは「自然豊かなこの地で作品が生き続ける」ことに意義を感じ、作品館の館主松木志遊宇(しゅう)さん(77)との出会いを喜んでいた。篠田さんと作品館にまつわるドラマを紹介する。(論説編集委員・高内小百合)

 篠田さんは1956年に米ニューヨークに渡り個展を成功させたのを契機として、国内外での評価を確立した。大英博物館、ロックフェラー財団コレクションなど海外でも多くの作品が収蔵されている。エッセーの名手でもあった。

 県内の高校で書道教師をしていた松木さんにとって篠田さんは幼少時からの憧れの人だった。「県高等学校教育研究会」の事務局長だった85年に、勉強会の講師を篠田さんに依頼したのが交流の始まりだ。

 「壇上から語る講演会は全てお断りしています」と最初は固辞されたという。「抽象作品は自由な目で自由に感じていただければ、それでいい。作品は鑑賞者の感性に委ねます」という思いがあってのことだ。

 松木さんは諦めきれず「では壇上からではなく『篠田桃紅を囲んで共に語ろう』という会にお越しいただけないでしょうか」と何度も食い下がり、熱意にほだされ篠田さんは来県した。

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 以後、松木さんは上京のたびに篠田さんを訪ね、気になる作品を買い求めるようになった。そして、98年にさらに手元の作品を充実させて「ゆくゆくは先生の作品館を新潟に開設したい」と、温めてきた夢を伝えた。しかし、篠田さんは「一晩考えさせてください。明日もう一度、私の家でお会いしましょう」と、すぐには応じなかった。

 篠田さんは東京芸大近くの画材や額装と絵画修復の専門店、浅尾拂雲堂(ふつうんどう)の社長(現会長)浅尾空人(あきひと)さんに松木さんの申し出について話した。20代から画材や額装を依頼してきた店だ。

 新潟での作品館構想の提案に迷いを見せた篠田さんに、浅尾さんは「作品を(もっと)譲ってあげればいいではないですか。作品を見てもらえる場所は大事。新潟にも本物を見抜く目を持った人がいるし、国内外どこからでも来ていただけるようにすればいい」と言葉を掛け、背中を押した。

 「信頼できる画商との取引が中心で、個人には直接作品を販売することはあまりなかったし、個人でコレクションを形成するのは重荷だろうと松木さんを気遣ったからでしょう」と浅尾さんは振り返る。

 翌日、約束通り松木さんが訪ねると篠田さんは「協力しましょう」と応じた。

 篠田さんの心を動かした背景には「會津八一や良寛への好感もあったのではないか」と美術関係者は言う。所属していたグループの展覧会が54年に新潟市で開かれ、会場を訪ねた會津八一と会って話したのをはじめ、東京での八一の個展会場などで数回、書や印の話を身近で聞いている。

 會津八一記念館の「秋艸(しゅうそう)会報」やベストセラーとなったエッセー集などに會津八一の作品や生き方に触れ、深い共感を示している。何げない普通の生活から芸術は生まれるとし、その好例に良寛の書「天上大風」を挙げてたたえてもいる。

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 作品館は2005年10月、同市のマンションにオープンした。そして、よりゆったりとした空間で鑑賞できるようにと、14年に現在地の同市中央区学校町通二番町に、専用の館を建て移転した。海からさほど遠くない閑静な住宅街の中だ。

 篠田さんの専門的施設は父親の出身地の岐阜県に岐阜現代美術館、関市立篠田桃紅美術空間があるが、それ以外はここだけだ。

 岐阜の2施設の学芸員、宮崎香里さんは「新潟の作品館には実によいものがそろっている。長い交流の中で培われた信頼があったからだろう」と言う。

 収蔵作品は全て松木さんがアトリエに足を運んで選んでおり、中には篠田さんに「これをお持ちなさい」と強く勧められたものも少なくない。生前、篠田さんは「『いい作品は海外の人がぱっと見て買っていくのよ』と言っていた。だから、自身がこれぞと思う作品を勧めてもいたのだろう」と浅尾さんはみている。

 「風、雨、雪、光、波…。先生の創作の根底にあるのは自然美。それを世界に通じる普遍的なかたちに昇華させたのが作品」と松木さんは言う。

 篠田さんとの対談経験などもあり、2人の親交をよく知る本紙読者文芸俳句選者の黒田杏子さんは「作品だけでなく生き方も文章も本当に素晴らしかった。それを一番よく知っているのが松木さんで、その世界観を伝えてくれる作品館は宝。自然豊かな新潟にこそよく似合う」と賛辞を送る。

◇篠田桃紅作品館 新潟市中央区学校町通二番町5245番地4。午前11時から午後4時まで入館可。原則月曜日休館。臨時休館あり。問い合わせは090(2999)9495。