世界を震撼(しんかん)させた米中枢同時テロから20年が過ぎた。米国は「テロとの戦い」を続けてきたが、それは自国を疲弊させ中東に混迷をもたらした。

 日本は米国に追随し対テロ戦争を積極的に支えてきた。それが妥当だったのかきちんと検証しなければならない。

 2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダがハイジャックした旅客機が、ニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込んだ。

 追悼式典ではバイデン米大統領らが日本人24人を含む約3千人の犠牲者に祈りをささげた。

 「9・11」の後、米国はテロとの戦いを宣言し、他国に軍事介入を繰り返してきた。

 01年10月には同時テロの首謀者ウサマ・ビンラディン容疑者をかくまっているとして、イスラム主義組織タリバン政権下のアフガニスタンを空爆し「対テロ戦争」に突入した。

 タリバンを打倒し、ビンラディン容疑者は殺害されたが、米軍は20年間のアフガン駐留で2千人以上を失った。戦費総額は2兆3千億ドル(253兆円)超に膨らんだ。

 ところが民主政権の安定を維持することはできず、アフガンからの駐留を終えるタイミングでタリバン復権を許した。

 米国は03年、大量破壊兵器の保有を理由にイラクでも戦端を開いた。フセイン政権を倒したものの、大量破壊兵器は見つからないまま撤退した。

 米軍撤退後には治安情勢が悪化、過激派組織「イスラム国」(IS)が勢力を伸ばし、中東に混乱と憎悪を招いた。

 米国の軍事介入を通して明らかになったのは、武力だけでは決してテロの根絶にはつながらないということだろう。

 真の意味でテロに勝利するには、まずテロの温床となるイスラム諸国の貧困や不正を断ち、母国再建への当事者意識を国民に持ってもらうことが重要なのではないか。

 医師の故中村哲さんはかんがい事業などでアフガンの生活向上に人生をささげ「和平には戦争ではなく貧困解決が不可欠だ」との信念で行動し続けた。

 こうした思いがもっと共有されていれば、と悔やまれる。日本はアフガンの人々の暮らしを安定させ国の再建を促すという視点から、国際社会と協力し有効な支援を続けてほしい。

 アフガン、イラク戦争は日米安全保障体制にも大きな転換点となった。

 01年10月に小泉政権は旧テロ対策特別措置法を制定、海上自衛隊によるインド洋での米英艦船への給油支援に踏み切った。

 その後、15年には安倍政権が安保関連法を成立させた。政府は解釈改憲で集団的自衛権行使を認めるとともに米軍への後方支援を地球規模で可能にした。

 自衛隊と米軍との一体的運用が、なし崩し的に進んでいるように見える。

 日本が平和から逸脱するようなことがあってはならない。「9・11」20年を機に日本の立ち位置について改めて考えたい。