首都圏直下で今月、10年ぶりに震度5強を記録する地震が起きるなど、災害が全国で頻発している。次はいつ、どこで、誰が被災者になるか分からない。

 最大震度7を観測した2004年の中越地震は、きょう23日で発生から17年となった。

 改めて犠牲となった68人の冥福を祈るとともに、記憶をたどり、教訓や備えをしっかりと確かめる日にしたい。

 被害が大きかった長岡市や小千谷市、十日町市などでは今月、被災経験を踏まえた催しや講演会が各地で開かれた。防災施設の設備点検、災害時に取るべき行動の確認なども行われた。

 経験と教訓を次世代につないでいくために、こうしたきめ細かな活動は欠かせない。

 長岡市の山あいにある竹之高地(たけのこうち)町では震災後、住民のほとんどが集落を離れたが、今月元住民らが集まって新たな行事に取り組み、地域の絆を確かめた。

 中越地震のような大きな災害が起きれば、消防や警察といった公的機関による「公助」には限界があり、周囲の人が助け合う「共助」が命を救う。

 いざという時にコミュニティーが力を発揮するということも日頃から意識したい。

 被災地は今、過疎高齢化や集落の維持など震災前からの課題に改めて向き合っている。

 全村避難を経験した長岡市の山古志地域は、地震前の国勢調査(00年)で2200人を超えていた人口が20年調査で810人となり、6割以上も減った。

 同市の栃尾、小国の両地域も3割以上減った。被災地域の活力維持は大きな課題だ。

 そうした中で被災地はこれまで、復旧や復興の支援で訪れた他県の人たちとの交流を続け、関係を深めてきた。

 残念なのは、新型コロナウイルス感染拡大で交流が足踏みを余儀なくされたことだ。

 山古志地域の農家レストラン「多菜田(たなだ)」も客足が遠のいたが、クラウドファンディングで運営資金への協力を呼び掛けると「復興の歩みを応援しています」といったメッセージとともに支援が届いたという。

 被災地からの発信に応えてくれる人たちの存在は心強い。私たちも東日本大震災をはじめとする全国の被災地に関心を持ち、支援の輪を広げたい。

 衆院選では、複数の政党が東日本大震災からの復興に全力を尽くす、東京電力福島第1原発事故からの復興を加速する、などと公約に掲げている。

 政治は、復興支援を選挙の時だけのスローガンにしてはならない。風化させることがないように、被災地と被災者に丁寧に寄り添ってもらいたい。

 県は9月、県内の九つの断層と断層帯が引き起こす地震の被害想定の見直し案を公表した。被害が大きいケースでは死者は7920人となり、見直し前の6倍超に膨れあがった。

 想定を絵に描いた餅にせず、次の備えに生かしたい。私たちの暮らしは災害を避けて通れない。そのことをしっかり肝に銘じたい。