一人は針金を引き伸ばし、別の一人はそれをまっすぐにし、三人目はそれを切断し、四人目はそれをとがらせ、五人目は頭をつけるためにその先端をけずる…。アダム・スミスは「国富論」で、あることを説明するためにピン工場のこんな描写を挙げた

▼あることとは「分業」である。手分けをして作業することで仕事の効率が大幅に向上する。一人がすべてをやるよりも、それぞれが自分の担当分野に集中すれば作業の精度も、スピードも上がる

▼その結果、質の高い製品を短時間に数多く生産できるようになる。近代工業の発展は、分業なしではあり得なかっただろう。現在の私たちの暮らしも分業がつくっていると言っていい

▼一方で、あまりに分業が進むと全体が見えなくなりがちだ。自分の作業がどんな成果につながるのかも分かりにくくなる。ほかの人のことを考えずに自分勝手に作業すれば、全体の作業効率が落ちていくのではないか。社会の中での分業-例えば男女の役割が固定化されると、生きづらさを感じる人もいる

▼分業は必要だけど、過剰になると人間らしさが失われる。そんな思いもあって、この人の活躍に多くの人が熱狂するのではないか。選手の分業制が進んだ大リーグを投打の二刀流で席巻した、エンゼルスの大谷翔平選手が今季の最優秀選手(MVP)に選ばれた。専門記者による投票で満票を集めた

▼投げて、打って、走るのが野球の楽しさであり、原点である。最高峰の舞台が背番号17の価値を認めた。