長岡藩三傑と呼ばれる3人の逸材がいる。河井継之助、小林虎三郎、三島億二郎だ。河井は北越戊辰戦争で長岡藩を率いて新政府軍と戦った。小林は敗戦後、送られてきた義援米を学校の設立資金に充てた「米百俵」の故事で知られる

▼そして廃虚となり窮乏した長岡の復興を先導したのが三島だ。河井や小林より知名度は劣るかもしれないが、地元では「復興の恩人」と親しまれ、銅像も立つ。力を注いだのは経済の振興であり、その土台となる教育と医療の近代化だ

▼新しい産業を興すため「これからの時代は士族も町人も関係なく商人のように働くことだ」と説いた。設立に関わった銀行は第四北越銀行、学校は長岡高校、病院は長岡赤十字病院として今に続き、人々の暮らしを支えている

▼「長岡の発展の礎を築いた」。赤十字病院に近い信濃川堤防に立つ銅像の碑文には、こう刻まれている。銅像の三島は左手に書物を持ち、右手は対岸にある長岡の街の方向を指さしている。その姿は長岡の発展を見守る守護神のようにも見える

▼三島が指さす長岡市中心市街地では今、大規模な再開発事業が進んでいる。4棟からなる「米百俵プレイス」(仮称)が2025年度までに完成予定だ。第四北越銀行や長岡商工会議所、市の商工部などが入る

▼産官学で起業を支援する拠点もここに移る。4大学1高専がある長岡では最近、学生の起業が相次いでいる。地域を発展させる現代の三島億二郎が多く生まれてくれれば。そう期待している。