市民や職員の拍手に送られながら市役所を後にする久住時男市長=30日、見附市役所
市民や職員の拍手に送られながら市役所を後にする久住時男市長=30日、見附市役所

 新潟県見附市の久住時男市長(72)が30日、自身の健康問題を理由に辞職した。2002年に初当選してから防災や企業誘致で成果を上げ、交流施設やインフラ整備にも力を注いだ。一方、JR見附駅周辺整備事業など道半ばの事業が残るほか、近年は多選の弊害も指摘されていた。5期19年にわたる久住市政を振り返る。

 30日午前、久住氏は市職員約200人を前に最後の訓示に臨んだ。「挑戦する気持ちを忘れずに、市民のために働いてください」。涙交じりにあいさつすると、市民らの拍手に送られて市役所を後にした。

 久住氏は02年10月、商社出身の経営感覚をアピールし、改革推進を掲げて初当選した。04年の7・13水害や中越地震での被害を教訓に「災害に強いまちづくり」を目指し、刈谷田川の改修や水田を活用した遊水地整備に取り組んだ。

 歩いて通えるまちづくり「コンパクトシティ」構想や健康施策「スマートウエルネスシティ」も進めた。市内循環バスやデマンドタクシーを整備。バスは19年度には、年間約18万5千人が利用するまでになった。

 また外出のきっかけづくりに04年に市中心部のスーパー跡地を利用した交流施設「ネーブルみつけ」を、07年には庭園「イングリッシュガーデン」を整備。いずれも年間来場者が50万人、13万人を集めている。

 就任前に分譲が始まっていた県中部産業団地についいては、国道8号や北陸道中之島見附インターチェンジに隣接した地の利を生かして企業誘致を進め、製造業を中心に運送業や食品工場などが進出した。17年には全区画が完売し、市の税収増につながっている。

 平成の大合併に対しては1期目の03年、市民アンケートを基に自立の道を選択した。災害を経験し、住民が自主的にまちづくりに関わる仕組みを探った。小学校区を軸に市の権限を一部与え、伝統や文化を生かした「地域コミュニティ」整備を進め、18年までに市内全域を網羅する11団体ができた。

◆続く政治的混乱、行政訴訟も

 3期目以降は箱物への投資が目立つようになった。

 河川改修に伴いできた防災公園内に2013年、道の駅「パティオにいがた」が完成。市中心部の福祉施設跡地には16年にコミュニティ銭湯「ほっとぴあ」が開業した。給食センターや青木浄水場といった大型インフラの整備も進めた。

 施設の運営に民間のノウハウを生かすため、指定管理者制度を積極的に活用し、費用削減との相乗効果を図ってきた。

 内山文雄氏の通算6期24年に次いで長く市政を担う中、久住市政にはほころびも目立つようになっていた。

 初当選した際の選挙戦を巡り、市議会では最大派閥が分裂し、「市長派」「反市長派」に分かれた影響が議会運営に影響。政治的混乱が今でも続く。

 市議の1人は「市を経営していると考えれば評価する部分もあるが、行政として説明が足りない場合も多い。多選になり、職員も市長に意見できない状況になっている」と批判する。

 19年3月の市ガス上下水道局の公用車指名競争入札を巡っても紛糾した。久住氏の親族が代表を務める業者が仕様書にない車種で落札。入札参加業者の男性役員が久住氏を相手取り、担当職員に賠償させるよう求める行政訴訟に発展した。

 市側は最終的に、「(仕様書に)2車種に限定するものと読み取れる記載をし、不当な指名競争入札を行ったことにより、参加業者に迷惑をかけた」と認め、今年10月に示談が成立した。不当な入札と認めた訴訟については、多選の弊害で市政に緩みが出たとみる市民も少なくない。

 久住氏の退任後も市政課題は少なくない。にぎわいづくりの核とする見附駅周辺整備事業は、雨水貯留槽や送迎時の渋滞緩和策となる駐車場の整備は完成したものの、駅舎改修などの大型投資は新市長に託される。

 久住氏の辞職に伴う見附市長選は、今月5日に告示、12日に投開票される。駅の整備だけでなく、人口減少や産業活性化をはじめ、課題は多く、慎重な舵取りが求められそうだ。