早朝、ラジオの臨時ニュースが旧日本軍と米英軍が戦闘状態に入ったことを告げた。80年前のきょうのこと。国内が騒然となり興奮が高まる中、さして気にもとめずに、昼ごろまで寝転がって本を読んでいたらしい。新潟市出身の無頼派作家、坂口安吾である

▼床屋に行こうと外へ出て大戦争が始まったことを知るが、その後は酒を飲んでひどく酔っ払う。当時とすれば国民として誠にけしからん態度なところが安吾たるゆえんだろう。文壇も含め社会全体が戦争完遂へと突き進んだ時代である

▼当時の世相は旧制長岡中学出身の作家、半藤一利さんの「坂口安吾と太平洋戦争」に詳しい。真珠湾攻撃の知らせに作家の横光利一は「先祖を神だと信じた民族が勝ったのだ」と感激に震えた。評論家の亀井勝一郎は「維新以来我が祖先の抱いた無念の思いを、一挙にして晴らすべきときが来たのである」と奮い立った

▼安吾は開戦に心を動かされつつも、こんな心境だった。「尤(もっと)も私は始めから日本の勝利など夢にも考えておらず、日本は負ける、否、亡(ほろ)びる。そして、祖国と共に余も亡びる、と諦めていたのである」

▼原稿に書いたのは戦後のことだが、実際にこうした思いだったと半藤さんはみる。型破りの作家のまなざしは、戦争の先行きを冷徹に見通していた

▼その眼力には到底及ばずとも、少しでも物事の奥底を察する目を持ちたい。全体が一斉に同じ方向を向くことの危うさや怖さを、この国の社会は敗戦とともに知ったはずだから。