国の賠償責任受け入れは当然だとしても、唐突過ぎる方針転換であり不自然さが拭えない。

 審理が尽くされない中で裁判が終結し、原告が裁判の目的としていた真相解明には大きな妨げとなろう。国の対応はあまりに不誠実だ。

 森友学園問題に関する財務省の決裁文書改ざんを巡り、自殺した近畿財務局元職員赤木俊夫さんの妻が国と同省理財局長だった佐川宣寿元国税庁長官に損害賠償を求めた訴訟で、国が賠償責任を認めた。

 請求棄却を求め争っていた国が、従来の姿勢を一変させた。

 俊夫さんの妻雅子さんの代理人弁護士によると、大阪地裁であった非公開の訴訟の進行協議冒頭、国側代理人が「請求を認諾する」と突然表明した。

 認諾は被告が原告の請求を全面的に認めるもので、手続きを取ると対抗できない。国家賠償請求訴訟で国が訴えをそのまま認め終結させるのは異例だ。

 雅子さんが提訴したのは夫の死の真実を知りたいとの思いからだったが、訴訟は非公開の協議で終わってしまった。

 「ひきょうなやり方で裁判を終わらされた」「夫は国にまた殺された」。雅子さんは厳しい言葉で非難した。無理もない。

 財務省が2018年に公表した調査報告書では、当時の安倍晋三首相が自らと妻昭恵氏の関与を全面否定した国会答弁を機に、理財局が改ざんに手を染めたことをうかがわせる。

 だが安倍氏や当時の麻生太郎財務相は説明を避け続け、その後の政権も全容解明に消極的な姿勢を示してきた。

 訴訟では、俊夫さんが改ざんの過程をまとめた「赤木ファイル」の証拠提出を雅子さんが求めても、1年以上存否すら明かさなかった。遺族の求めに真摯(しんし)に向き合ってきたといえない国が、なぜ責任を認めたのか。

 雅子さんの代理人は「国は隠したい事実があるのでは」と批判したが、指摘されるのは真相解明回避の思惑だ。

 訴訟で改ざんに関わった人物の証人尋問が行われたり、新証拠が出たりすれば政権はダメージを受ける。それを避け、幕引きを図ろうとしているのではないかというのだ。

 来夏に参院選を控える中、自殺を国の責任だと認め批判を浴びたとしても、安倍・菅両政権の「負の遺産」を早期に決着させた方が得策-。政権側にはそんな本音があるのではないかとの観測も出ている。

 事実なら、俊夫さんの死を軽んじているというほかない。鈴木俊一財務相の謝罪の弁も額面通り受け取れなくなる。

 今回の対応に当たり岸田文雄首相は財務相に「さまざまな場で真摯に説明するように」と指示したというが、政府対応の正当性を訴えるだけでは国民の納得が得られるとは思えない。

 決裁文書の改ざんは、国民のためにあるべき行政がゆがめられ、職員が自ら命を絶つまでに追い込まれた深刻な問題だ。真相を解明し、再発を防ぐことこそが首相と政府の責任だろう。