久保田の商品開発を率いた嶋悌司氏。蔵に泊まり込んで仕込みを指揮した=1997年、朝日酒造

【2021/06/21】

 1982年のある日、朝日酒造(長岡市)の平澤亨(とおる)社長(当時)は、新潟市の料亭で県醸造試験場の嶋悌司(ていじ)場長と向き合っていた。

 嶋氏は人々の嗜好(しこう)の変化を鋭敏に見抜き、後に本県地酒の代名詞となる「淡麗辛口」の造りをいち早く蔵元に広めた県酒造業界の功労者だった。

 「試験場を辞め、明日からでも当社に来てください」。亨氏はこう切り出した。驚いた嶋氏は「考えさ...

残り1468文字(全文:1669文字)