【2022/05/11】

 「息子も障害があって、できないことがたくさんあるけど、すごく純真。周りに幸せを与えてくれる」

 この日のラジオ番組のトークテーマは「おすすめ映画」。NAMARA結成時からのメンバー森下英矢(ひでや)さん(41)は、発達障害がある長男也太郎(やたろう)君(7)を引き合いに、知的障害がある主人公を描いた名作「フォレスト・ガンプ」の魅力を語った。

ラジオ番組で長男について話す森下英矢さん。子育てに関する講演依頼が増えた=新潟市秋葉区のエフエム新津 

 講演会やイベントでも家族をネタにする。育児での失敗、イライラ…。包み隠さず笑いを交えて語る。「障害があっても、子育ては楽しいという実体験を伝えたい」。講演は好評で、新型ウイルス禍で全体の仕事が激減しても講演依頼は減らず、「息子に助けてもらいました」。

 25年前の1997年、NAMARAの活動に専念するため、長岡市の高校を2年で中退し家を出た。漫才やコントで売れて「いずれ東京に」と鼻息荒かった。

 でも-。東京や大阪に比べ市場が小さな新潟で、お笑い一本で食べていくのは至難の業。人気は出ず、街で声も掛けられない。テレビの生放送中に下半身を出し、「出禁」にもなった。

 「目線を変えないと生きていけない」

 お笑いに固執せず、講演活動に精を出した。教育や環境保護などのテーマに笑いのスパイスを加えて語る。講談にも挑戦。サッカーアルビレックス新潟のスタジアムMC(司会)、新潟プロレスのリングアナなど求められれば、何でもやった。芸の幅が仕事を増やしてくれた。

▽話せば伝わる

 森下さんの高校の同級生、高橋なんぐさん(41)は高校1年生だった96年、お笑い未経験にもかかわらず、吉本興業主催の「全国お笑いコンテストin東京ドーム」で優勝した。吉本興業にスカウトされたが、「生まれ育った新潟で」と迷わずNAMARAを選んだ。

 ただ、当初はテレビ局や企業に売り込みに行っても門前払い。営業先のステージでは、「お前ら誰?」「うるせーよ」と観客の罵声を浴び、試行錯誤の日々が続いた。

 ライフワークと出会ったのは20歳の頃。聖籠中学校から、学芸会で披露するコント作りの協力を依頼された。生徒への指導が評判を呼び、小中学校からオファーが相次いだ。その後「お笑い授業」と銘打ち、いじめや人権、SNS(交流サイト)などをテーマに講演を重ねた。

高校生活の楽しみ方について語る高橋なんぐさん。多彩なネタで生徒の笑いを誘う=三条市の三条商業高校

 これまで1700校超を訪ねた。「もはや教育者。文化人かも」と冗談めかすが、死にかけた2019年の脳の病気もネタに、自分をさらけ出す。新潟水俣病や共生社会も題材にする。「難しいテーマでも芸人がやれば伝わる。笑いは人の心を開く」。芸歴25年の自信だ。

 4月中旬、新潟市中央区で開かれたお笑いイベント。なんぐさんが司会、森下さんが講談を披露した。

 終演後、なんぐさんの元に1人の女性(38)が駆け寄ってきた。不登校で笑うことができなかった中学2年生の時、姉に連れられたライブで久々に笑い、それを機に夢だった調理師になれたという。直接、感謝を伝えた。「私、NAMARAに救われたんです」。

 なんぐさんは実感を込める。「新潟を笑わせるのが仕事。26年目、27年目もそれは変わらない」。

 森下さんは「新潟に自分たちの代わりはいない」と胸を張り、言い切る。「変化し続けること。それがNAMARAが目指す道」。

 これからも変わらぬ信念で、変わり続ける。