東京五輪の開幕まで残りわずか。夢舞台に立つ県勢アスリートを導き、礎を形づくった指導者を、その教えに込めた思いとともに紹介する。

 「お前の評価は俺がする。他の評価は気にするな」

 東京五輪の柔道男子90キロ級代表、向翔一郎(ALSOK・白根小出)は恩師から掛けられた言葉を、今も鮮明に記憶する。小学6年の時、負けが込み自信を失いかけた柔道少年を支えたのは、新潟市南区の白根柔道連盟鳳雛(ほうすう)塾代表の星野力さん(52)だった。

 同区出身の星野さんは大学卒業後、東京で柔道整復師の経験を積んだ後、25歳で帰郷。高校柔道部の指導に携わっていた1995年、地元の依頼を受け、鳳雛塾の前身「白根市柔道連盟少年部」を立ち上げた。白根市が新潟市との合併を控えた2004年、「親から鳳のひなを預かっている。大事に育て大きく羽ばたかせたい」との思いを込め改称した。

 向は02年、父の転勤に伴い小1で新潟に移り住むと、鳳雛塾で柔道を本格的に始めた。当時は遊び盛り。仮面ライダーのベルトを巻き、道場の真ん中で変身ポーズをまねていた。仲間を楽しませるのが好きだった。星野さんは「本当にかわいいやつ」と語る。

 礼儀や、常に全力を尽くすことを口酸っぱく指導した。向が乱取りで先輩をうまく押さえ込めず、尻を蹴飛ばしたことがあった。この時、星野さんは向を厳しく叱った。「ただ柔道が強ければいいのではない」との思いがあるからだ。

 向の特徴を「良くも悪くも何をしでかすか分からないところ」と星野さんは表現。鳳雛塾では基本をみっちり教え込んだが、型にはめることはしなかった。ここ一番で勝負強さを発揮する向はエース級の活躍を見せた。

 だが、小学6年の時、そんな奔放な柔道が影を潜めた。成長期を迎えた同学年の選手に体格で劣り、県内でも勝てなくなった。畳の上で不安そうな表情を見せ、負けを恐れて技も掛けられない状態に陥った。「伸びていない」。辛らつな言葉を浴びた。

 この時、外野の評価を気にせず、己を貫くよう諭したのが星野さんだった。

 星野さんの目には、今春の国際大会で初戦敗退した姿にも、「らしさ」がないように映った。知人を通じてLINE(ライン)で助言した。「もっと自由奔放に、のびのびとやったら? 小さくまとまるな」

 男子90キロ級はスピードとパワーを併せ持つ海外勢がひしめく激戦区。金メダルへの重圧は計り知れない。だが向は「俺は俺だから。自分の欲求のままに柔道をする」。恩師の言葉はしっかりと届いている。

(運動部・鈴木孝哉)

「東京五輪・パラ(新潟県)」ページはこちら