左肩のリハビリの拠点となったこん整形外科クリニックで、トレーニングに励む志水祐介選手=2020年5月、新潟市中央区
左肩のリハビリの拠点となったこん整形外科クリニックで、トレーニングに励む志水祐介選手=2020年5月、新潟市中央区

 東京五輪水球男子の日本は25日、1次リーグ初戦の米国戦に臨む。ブルボンウォーターポロクラブ柏崎(ブルボンKZ、新潟県柏崎市)の志水祐介(32)は選手生命が危ぶまれた大けがを乗り越え、「集大成」の舞台に立つ。日本の大黒柱の復活を信じ、励まし、支えた人がいた。だからこそ、志水選手は繰り返し口にする。「恩返しの五輪」だと-。

 アクシデントは2017年10月、日本選手権で起きた。相手に囲まれながら強引にシュートした際、利き腕に異変を感じた。左肩腱板(けんばん)断裂。病院で「即手術」と言われ、プレーできるまでに1年以上かかるとの診断が下った。頭の中が真っ白になった。「もう引退だな。東京五輪は無理だ」。涙がぶわっとあふれた。

 しかし、諦めなかった。手術を受け、字を書くことすらままならない状態からリハビリを開始。柏崎から新潟市中央区のこん整形外科クリニックに通い、痛みに耐えながら取り組んだ。

 担当した理学療法士の中村拓成さん(32)に何度も聞いた。「本当に腕は上がるようになるんすか」。その度に「大丈夫だ。絶対に上がる。絶対に戻す」と励まされた。少しずつ、少しずつ、腕は上がるようになっていった。

 術後10カ月でハンガリーのプロチームに合流した。五輪代表入りを見据え、回復ぶりをアピールしたかった。クリニックの近良明院長(54)からは「まだ無理だ」と反対されたが、覚悟は強かった。近院長もその思いを受け止め、渡航費約30万円を負担してまで中村さんを派遣した。

 中村さんは現地の志水の家に泊まり込み、付きっきりでケアした。そんな時、志水の携帯電話にメッセージが届いた。「志水さんがいないと駄目だ」。ジャカルタ・アジア大会を戦っていた日本の選手からだった。それを知った中村さんは決意を新たにした。「この男を戻さなきゃいけない」

 そして、志水はけがから1年後の日本選手権でブルボンKZの優勝に貢献。代表に返り咲いた。近院長は左肩の現状を「90%以上仕上がっている」と太鼓判を押す。中村さんも「やっと東京五輪で暴れられる時が来た」と語る。

 クラブの地元柏崎市や故郷熊本県など、多くの人の応援に奮い立ち、絶望の淵からはい上がった志水。「信じてくれた方々へ、感謝が伝わる大会にしたい」。自身2度目の五輪に挑む。(運動部・鶴巻新也)