
新潟市民には申し訳ないのだが、長岡出身の私は「イタリアン」と言えば「フレンド」だと思っている。もちろんイタリア料理ではなく、新潟県のご当地グルメの話である。フレンドは長岡市を中心とするイタリアンの会社だ。
新潟市で主流なのは「みかづき」のイタリアン。これも確かに口に合う。でも、しっくり来るのはやはり地元の味。ギョーザも外せない。
2カ月に1度くらい無性に食べたくなるが、どれほどおいしいかは言葉では表現しがたい。気になる方は実際に足を運んでいただくとして、この記事では販売方法に目を向けたい。
フレンドの店舗は長岡駅の駅ビルやスーパーなどのテナントがほとんど。唯一の路面店が、長岡市の国道8号沿いにある喜多町店だ。多くの車が行き交い、9月18日には真向かいに道の駅「ながおか花火館」がオープンした。
この店、以前からひそかに気になっていた。「日本で初めてドライブスルーを導入した店」という説を耳にしたからだ。
折しも新型コロナウイルスの流行で、人との接触を少なくできるドライブスルーは、世界的に注目されている。新潟県内でも飲食関係に限らず、じわりと広がっているようだ。その国内発祥地が車社会の新潟県という説は、興味をそそられる。うわさは本当なのか-。(報道部・高橋哲朗、写真は長岡支社・佐藤将志 情報は2020年10月現在のもの)

「フレンドが日本初」真偽は
ドライブスルーの「フレンド発祥説」は、市民やイタリアン好きの人の間で知られ、かつては、誰でも編集できるネット上の百科事典「ウィキペディア」にも日本初と記されていたという。真偽を探るべく、長岡市のフレンド喜多町店に向かった。
現地を訪ねると、まず目に飛び込んできたのは店外の看板だ。「日本初 ドライブスルー発祥の地」と、ばっちり書かれていた。社長の豊田雅彦さん(47)によると、ドライブスルーは、1976年の喜多町店開店と同時に設置。義理の祖父に当たる創業者の木村政雄さん(故人)が研修旅行で米国を訪れた際、ファストフード店などのドライブスルーを目にして導入を決めたという。
44年も前とは、確かに早い。ところが、豊田さんは「うちより早いところがありますよ」と、あっさり言った。看板は以前、義父で現会長の木村直樹さんが人づてに「日本初らしい」と聞いて作ったといい、確証はなかったらしい。

やはりマックなのか
では、国内の元祖はどこなのか。フレンドが米国を参考にしたとなると、やはりマクドナルドが先だったのか。日本マクドナルドの公式ウェブサイトをのぞいてみた。すると、環八高井戸店(東京都杉並区)で77年に「日本で初めての本格的なドライブスルー方式を採用」との記述がある。なんと、フレンドより1年遅い。なのに「初めて」とは?
日本マクドナルド広報部によれば、注文と受け渡し窓口の分離や専用レーンなど「ドライブスルーに特化した工夫」をもって「本格的には初めて」ということらしい。ただ「それ以前から(他社で)ドライブスルーがあったことは把握しています。もちろんフレンドさんのことも」と担当者。
思わぬ"伏兵"海苔店
書籍などを頼りに調べてみると、日本初は東京・日本橋の「山本海苔(のり)店」だというのが、有力な説のようだ。同社によると、65年に本社ビルの売店に設けた。さすが、味付けのりを生み出した老舗だ。
だが、今はもうドライブスルーは廃止されている。さらにマクドナルドの環八高井戸店も閉店したという。そうなると、フレンドは「現存する国内最古のドライブスルー」になるのではないか。

地元で長く愛されて
「日本初にこだわりはない」と語るフレンドの豊田さんも、この推論には思わず「もう(ドライブスルーを)壊せないな」と苦笑いした。
取材を終えて喜多町店を出ると、近所の70代女性が自転車でドライブスルーを使っていた。「すぐ買えて便利だから自転車でよく来るの」。国内第1号とは言えないかもしれないけれど、地域で長く愛されてきた小さな窓口。女性はママチャリのかごにギョーザを入れ、笑顔で去っていった。



あれもこれもドライブスルー
主に大手飲食チェーンで見られるドライブスルーだが、県内では独自に導入してきた店が少なくない。イタリアンと同様にご当地グルメであるタレかつ丼、薬局などの医療関係...。かつては「ドライブスルーATM」もあった。広がりを見せるドライブスルーを巡った。

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