ペンとロックで闘ったいのちの記録

 2018年7月にステージ4のすい臓がんの宣告を受けた橋本佳周(よしちか)記者は、新潟日報朝刊と「おとなプラス」に闘病記を書き続けました。19年2月から21年12月まで100回近く続いた「がん日記」です。このたび、その連載を再構成し、書籍化しました。
執筆以外に支えとなったのは、高校時代の仲間と再開させたバンド活動でした。がん患者になって気づいた「いのち」「生きるということ」の意味を問いながら、ペンとロックで懸命に生きた日々が描かれています。
橋本記者は22年1月20日、55歳で永眠しました。新聞記者という職業を愛し、言葉にこだわり続けた彼の「いのち」をめぐる仕事の結晶がこの本です。2人に1人が、がんになる時代。多くの方に読んでいただければと思います。

52歳記者のがん日記 定価:1,320円(税込)

profile

橋本 佳周 <はしもと・よしちか>

1967年1月、阿賀野市生まれ。89年新潟日報社入社。新津支局、長岡支社報道部、東京支社報道部などを経て三条総局長から2018年に論説編集委員室。19年から報道部おとなプラス担当部長兼論説編集委員。
18年に「ステージ4」のすい臓がんの告知を受け、19年2月から21年12月まで、朝刊生活面と「おとなプラス」紙上で「がん日記」「バンドやろてば」を連載。22年1月20日、55歳で死去。

職場で原稿を書く橋本記者
再結成したバンドで演奏する橋本記者
2022年1月、緩和ケア病棟にて

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橋本記者が亡くなった後、
新潟日報メディアシップなど県内各地で
追悼パネル展が開かれました。
会場でメッセージを募集したところ、
約200通が寄せられました。
一部を紹介します。

ステージ3の十二指腸がんの診断を受けました。「まさか自分が」との衝撃は大きかったですが、幸いにも手術で摘出でき、現在は再発予防のため抗がん剤を服用し療養中です。最期まで精いっぱい生き抜いた橋本さんの姿は、再発・転移のリスクに物おじしていた自分に、今後の生きる指針を与えてくれたように感じます。ウイルス禍の影響もあり求職中の身ですが、一日も早く「働くがんサバイバー」として精いっぱい一日一日を生きていく決意です。橋本さん、本当にありがとうございました。

(新潟市江南区・47歳男性)

在宅生活をしている終末期の患者さまと関わる仕事をしています。目標を持ち、その日、その日を精いっぱい生きる橋本さまに、たくさんの患者さまが力をいただきました。勇気を与えてくださいました。私も力をいただきました。本当にありがとうございました。お疲れさまでした。

(新潟市中央区・53歳女性)

昨年ツイッターで流れてきた連載に目が留まりました。絶望的な状況にもかかわらず、前向きな気持ちでもがき苦しんでいる心境を読み、身近な人の生きざまを見ているように感じました。私の親や祖父母も高齢になり、いずれそういう時が来るときに、私はどのようなことができるのかを考えさせてくれる機会となりました。今はゆっくり休んでください。

(三条市・29歳男性)

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