[未来のチカラ in 魚沼]
十日町市の岡元真弓さん(2018年4月、73歳で死去)は07年12月、映画館「十日町シネマパラダイス(シネパラ)」を開館し、館長になった。
副館長だった長男の豪平さん(41)によると、上映する映画を選ぶ基準は「お客さんが見たいと思う作品」だった。
08年6月には、靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」を上映した。一部政治家や政治団体から「好ましからざる映画」のレッテルを貼られ、上映を中止する映画館も出た。
シネパラにも「なぜ上映するのか」と怒鳴り声の電話がかかってきたが、真弓さんは動じなかった。「映画館はまず、映画を見る機会をつくることが大事。作品への評価は観客が判断するもの」と信念を貫いた。
日本のイルカ漁を批判的に取り上げた米映画「ザ・コーヴ」を上映したのは10年9月。一部団体から「反日映画」との声が上がり、上映の取りやめが相次いだ作品だ。
抗議に訪れた50代の男性に、真弓さんは「イルカ漁という文化が存在する。それをどう感じるかは映画を見る人次第」と1時間にわたり自分の考えを説明した。「母は物おじせずに向き合い、男性は最後は納得して帰って行った」と、豪平さんは振り返る。
「十日町シネマパラダイス」の閉館日。観客と言葉を交わす副館長の岡元豪平さん(中央右)=2018年3月
「小さいときから映画に触れて、感受性のある大人に成長してほしい」。真弓さんは、学校との連携にも力を入れた。
休館日に市内の小学校がリクエストした作品を貸し切りで上映したり、児童が映写室から映画を見たりするユニークな取り組みも行った。校長会に出向き、映画を授業に取り入れるよう呼び掛けた。
ただ、観客数は伸び悩んだ。目標は年間3万人だったが、1年目は1万5千人、その後は1万人を割り込む年もあった。「商圏」の人口が少ないため、新作の封切り上映が難しかったのが、大きな理由だった。
「いつかいい時が来る」。真弓さんはほとんど休みも取らず、館長と着物加工会社副社長の仕事にも励んだ。夫で社長の松男さん(70)は「すさまじい頑張りだった」と舌を巻いた。
11年1月、真弓さんは右肺にがんが見つかり、摘出手術を受けた。医師から「5年もてばいい」といわれたが、家族以外には病気を隠して仕事を続けた。
長女の松田章奈さん(44)は「『私は病気に打ち勝つんだから、病気だと言う必要はない』と考えていたのでは」と推し量る。
だが、病状は悪化。たびたび呼吸困難に陥るようになった17年の暮れ、「自分の強い思いで始めたことは、自分の手でけじめをつけたい」と閉館を決断した。
18年3月11日の閉館日。もうこの日は映画館に行く体力も残っていなかった。真弓さんは「10年間付き合ってもらい、感謝しかない。閉めることを許してほしい」との観客宛てのメッセージを豪平さんに託した。
いま豪平さんは、弟で映画監督の雄作さん(39)の活躍を楽しみにしながら、父の会社で働く。
「十日町に映画館はなくなったけれど、映画を上映したり、映画を見たりする文化はなくなっていない。いつか映画館が復活する日が来るかもしれない」。おわり