[未来のチカラ in 長岡・見附・小千谷]
見附商工会主査の滝沢正徳さん(45)には忘れられない場面がある。2018年10月、東京・日本橋で開いた地域ブランド「MITSUKE KNIT(ミツケニット)」の販売会。カシミヤのガウンを買った中年女性が4時間後に戻ってきて、販売スタッフと談笑していた。
買ったばかりのガウンを着て百貨店に立ち寄ったところ、衣料品売り場の店員に「良い物を着ていますね」と声を掛けられたという。女性が約4万円で買ったと値段を明かすと、「当店に置いたら3倍はします」と褒められ、わざわざ報告に訪れたのだ。
女性の話を聞きながら、滝沢さんは地域ブランド確立への手応えを感じた。
メーカー6社と商工会が連携し、産地そのものを売り込む地域ブランド事業は11年にスタートした。13年から国内外の若手クリエーターと連携して作った製品を、海外の展示会に出品している。
しかし、企業側から「国内で認知されるのが先」との声が上がり、16年に方針を転換。アパレルのバイヤーらを対象に首都圏で開催する展示会や、イベントでの販売会に軸足を移した。
ミツケニットの共同販売スペース。第一ニットマーケティングのアウトレット店「プリメイラ」内にウエアやバッグが並ぶ=見附市柳橋町
方針転換と同時に参加6社が担当者を決め、ミツケニット事務局を設置した。産地最大手の第一ニットマーケティング営業一部長の伊藤幸夫さん(53)が代表に就いた。17年からは新たな発想や行動力が期待できる二、三十代の若手を中心メンバーとした。
若返った事務局のアイデアが、ヒット商品を生む。各社の技術を打ち出すことで産地の総合力をアピールしようと、展示会を開催することにした。同じ素材を使えば、各社の特徴が際立つ。素材は、最高の肌触りを実現するモンゴルのカシミヤにした。
色を染めない無染色の糸にした上で、各社に約24キロずつ分配した。それぞれの編みの技術により、異なる風合いの製品が並び、目利きのバイヤーをうならせた。
18年以降、ミツケニットのカシミヤ製品は人気を博す。伊藤さんは「以前は小物からセーターまで、多様な製品を展示会に出していた。カシミヤに絞ったことで、ミツケニットの秋冬物は、すなわちモンゴル・カシミヤだと認知してもらえた」と分析する。
第一ニット社員で事務局メンバーの遠藤友葉さん(24)は「各社にカシミヤ中心のラインアップができて、ようやく一つのブランド感が出てきた。この方向性で発展させたい」と展望する。
■ ■
地域ブランドにはアパレル業界も興味を示す。メード・イン・ジャパンに付加価値を見いだす企業からOEM(相手先ブランドによる生産)を受注した際、ミツケニットの商標タグを付けるケースが増えてきた。
事務局が管理するタグの出荷数は、16年度の7900枚から19年度は4万枚に急増した。三本テキスタイルの三本泰輔社長(73)は昨年、「クロコダイル」の秋冬物セーターに1万枚使ったと明かす。
三本社長は地域ブランド創設時、見附ニット工業協同組合の理事長だった。「まだ工賃の引き上げにつながるほどの力はない」と冷静な見方をしながらも、「長い目で見ての知名度アップが欠かせない。5年後、10年後にどう生きてくるのか。ミツケニットは将来への投資だ」と位置付ける。
「見附産地そのものがブランドになり得る」と、地域ブランド事業に生き残りを賭ける経営者は多い。
イタリアの服地産地ビエラなど産地の名が世界的に知れ渡るケースはいくつもある。「ミツケ」は名声を確立することができるか。10年目に入った事業の加速が産地の行方を左右する。
(この連載は長岡支社・小倉隆一が担当しました)