[未来のチカラ in 魚沼]
5月、十日町市の着物メーカー「青柳」の明石工房に、県内外から30人が集まった。市内の着物業者らでつくる実行委員会主催のイベント「きものごったく」。着物の製造過程を見学してもらい、産地の魅力を伝える企画だ。
工房内では、長い板の上に広げられた約16メートルの白生地の脇に、いくつもの型が並ぶ。職人が生地の上に型をのせ、はけで染料を伸ばす。手際よく刷り上げては、次へ。色を重ねるごとに華やかさが増す。「板場友禅」「型友禅」と呼ばれる染色技法だ。
反物一つに300もの型を使うと説明されると、参加者からは「え、そんなに」と驚きの声が上がった。
染色したい部分だけをおけの外に出して染める青柳伝統の「
「きものごったく」で着物の染色作業を見学する参加者=5月、十日町市の「青柳」明石工房
「十日町の着物は、品質の高さで全国一の評価を得ている」。青柳の青柳蔵人社長(47)は力強く言う。一般向け以外にも、十日町産の着物や生地が、歴史ドラマや舞台衣装などで使われるケースは多い。ただし、その場合「十日町」の名が表に出ることはほとんどないという。
着物産地といえば、京都や金沢を挙げる人が多い。
産地十日町の知名度を上げ、着物でまちをにぎやかにしたい-。3年前、県十日町地域振興局の旗振りで「人を呼ぶきものプロジェクト」が始まった。地元の業界関係者らが勉強会に臨み、方策を検討してきた。
その中で、昨年始めた取り組みが春の「きもの月間」だ。市中心街を歩行者天国にする「きものまつり」を中心に、4、5月の着物関連イベントを連携。秋開催だった「キルト展」も移し、アピールした。中でも新たに企画した、製造現場を見せる「ごったく」は目玉だった。
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「ごったく」とは「人をもてなすお祭り」や「にぎやかな騒ぎ」を意味する十日町の方言。今年は5月16日から4日間にわたり、青柳など12社が、工場見学を受け入れた。
「拡散力の高い20~30代をメーンターゲットに、着物の価値を知ってもらおうと狙った」と同振興局企画振興部の若井浩司副部長は言う。
参加者は4日間で延べ760人。アンケートでは、ほとんどが内容に満足し、「また参加したい」と答えた。若井副部長は「価格への納得感も生まれている」と手応えを語る。
舞台裏を見せる抵抗感や、同業者に手の内を知られる懸念などから、当初は公開をためらう業者もあったという。だが受け入れてみると、参加者との交流は産地にも刺激になった。
課題も見えてきた。業界側は高度な技術力への注目に期待したが、参加者は生地の染め上がりなど、分かりやすい工程で驚きの声を上げた。青柳社長は「(高い技術を)分かりやすい言葉でどう伝えるか、見せ方を工夫したい」と意欲を見せる。
伝統工芸の技を守る渡吉織物。見学者に熟練の技を言葉で伝えるのは難しいが、「染色前に糸の束にきつく巻いた『くびり』をほどく作業を体験してもらうと、簡単にほどける結び方にみんな感心する」と渡辺孝一代表(64)はうれしそうだ。
市場が縮小する時代。関係者からは「良いものを作れば売れる時代は終わった」との声が漏れる。製造現場公開を経験し、十日町産地では、アピールすることの重要性が、共通認識として広がり始めた。