第1弾 上越地域

[未来のチカラ in 上越]

越乃リュウ 宝物を探して

<3> 上越市・里山編 棚田の風に笑顔集う

新潟日報 2019/06/05

 上越地域は、市街地の程近くに自然豊かな里山がある。平成の大合併まで14の自治体に分かれていた上越市は特に市域が広く、城下町の雰囲気が残る高田地区や港町の直江津地区に代表される旧市部以外にも、多彩な表情を見せてくれる。元タカラジェンヌの越乃リュウさんが上越地域の魅力を発掘するシリーズ「宝物を探して」の第3弾は、上越市の里山を訪ねた。夏の到来を予感させる強い日差しの下には、棚田や森林、日本海を一望する絶景が広がり、生き生きとした住民たちの笑顔があった。

【動画】越乃リュウ 宝物を探して「上越市・里山編」

民家を巡り 弾む会話

牧区高尾で「お茶のみ散歩」

 頸城平野を抜けて、濃い緑に包まれた道へ折れていく。上越市の高田駅前から車で約30分。古民家が点在し、野鳥のさえずりと小川のせせらぎが響き渡る別世界が目の前にあった。同市牧区の高尾集落だ。

 「空気が澄んでいて気持ちいい」。リュウさんは体を思い切り伸ばした。高尾では2017年5月から月1回、住民有志が自宅を開放し、来訪者をもてなすイベント「高尾お茶のみ散歩」を開催している。玄関前にピンクのバケツを置いた家が「お入りください」の合図。緑のバケツもあれば「野菜やコメも売っているよ」という意味だ。

家主や他のお客とのおしゃべりが弾む「お茶のみ散歩」。鈴木明美さん宅はリビングから棚田が望める=上越市牧区高尾

「けやき前」は鈴木明美さん宅の屋号。お茶のみ散歩の日はピンクのバケツが置かれる

 この日は3軒に協力してもらい、リュウさんが本番と同じ手順でお茶のみを体験した。最初に向かったのは、屋号の「仲」の看板が表に出ている五十嵐義治さん(78)宅。「本当に入っていいのかな」。リュウさんは、ちょっぴり緊張した面持ちで呼び鈴を鳴らした。

 「どうぞー」。妻のミツ子さん(74)が元気よく出迎え、和室の続き間に通してくれた。リュウさんから休憩料の300円を受け取ると、ミツ子さんは屋号入りの地図がイラストで描かれたかわいらしい台紙に、シールを一つ貼って手渡した。立ち寄った家の数だけシールが増えていくスタンプラリー形式になっているのだ。

五十嵐義治さん(左)は元建具職人。手作りのしゃもじ、まな板などがお茶のみ散歩のお客に大人気だ=上越市牧区高尾

 常連たちが待ち構える座卓に着くと、リュウさんは運ばれてきたお茶請けに「えっ」と目を丸くした。炊き込みご飯のおにぎりにコゴミの中華風炒め、ワラビの塩こうじあえ...。地元で採れた山菜のおかずがたっぷり盛られた皿が一人前だ。ほかにもゼンマイの煮物やトウナ、米菓が取り皿とともに用意されている。

 「味付けが抜群。ご飯を抜いてきてよかった」。リュウさんは舌鼓を打った。

 「同じ山菜でも味付けがいろいろ。お宅の皆さんや他のお客さんとのおしゃべりも盛り上がるんです」。夫婦でお茶のみ散歩の常連という同市板倉区の主婦宮沢智子さん(61)と会社員の夫雅寛さん(64)が口をそろえる。五十嵐さんとは、すっかり顔なじみ。リュウさんも親戚の家に来たような気安さで、居合わせた人たちとの会話を楽しんでいた。

五十嵐義治さん宅で出された山菜づくしのお茶請け

 続いて向かったのが、29年前に一家で高尾に移住し、お茶のみ散歩の仕掛け人でもある鈴木明美さん(61)宅。今度はコーヒーと、鈴木さんお手製のコゴミとみそが入ったパンや豆乳ヨーグルトなどがお茶請けだ。おいしさもさることながら、リュウさんが感激したのはリビングの窓越しに見える一面の棚田。「ぜいたくです」と緑のまぶしさに目を奪われていた。

 3軒目に訪ねた植木美奈さん(47)は、お茶のみ散歩のもう一人の発案者だ。古民家のはりを生かした自宅で、手作りジャムも販売している。ワラビのみそ漬けや煎茶のケーキ、フキの炒め煮などが紅茶と一緒に振る舞われた。

植木さん宅で300円の休憩料を払うリュウさん

梁が美しい植木美奈さん宅のリビング。お茶のみ散歩の日はお客で満杯になる=上越市牧区高尾

 「うらやましい時間の過ごし方。古き良き地元の文化や財産に、今の時代を生きる人たちが手を加え、地域を輝かせているのを実感しました」とリュウさん。現在20軒余りと最盛期の約3分の1に減った高尾集落の現状を受け止めながらも、明るい未来を確信したようだった。

「ごっつぉ」と幻の泡盛

 上越市は、応用微生物学や発酵学の世界的権威で「酒博士」として知られた東大名誉教授・坂口謹一郎博士(1897~1994年)の古里。同市頸城区鵜ノ木の「坂口記念館」は、博士が戦時中に疎開していた場所に立ち、酒造りの工程や生前の功績を学べる。古民家を移築した「楽縫庵らくほうあん」や、博士が文化人と交流した「留春亭るしゅんてい」、ユキツバキが植えられた庭園などもある。

 太平洋戦争末期の沖縄戦で焼失したとみられていた黒麹菌は、博士が採取し、東大に冷凍保存されていたことが後に判明。沖縄の酒造会社がこの菌で約60年ぶりに泡盛を復活させた。リュウさんは頸城の「ごっつぉ(ごちそう)」を味わいながら幻の泡盛「御酒うさき」を試飲し「何とも言えない深みがある」と語った=写真=。

のどごし、風味は格別

 1885(明治18)年創業の大島区下達のところてん店は、その名も「日本一うまいトコロテン」=写真=。テングサを湧き水で仕込んでいる。昔ながらの一本箸で器用にすくって食べたリュウさんは「初めての食感」と、のどごしや風味を絶賛した。

 5代目店主の武江稔さん(47)は「店名は祖父の頃にお客さんが付け、のれんごとプレゼントしてくれました。名前に負けないよう励みます」と笑う。営業は10月中旬まで。清水が湧き、涼しい風が吹き抜ける店内は、夏場は県内外のお客で混み合う。

撮っておきショット

 リュウさんは「撮っておき」を選ぶのにかなり悩んだよう。無数のショットの中に、大島区のところてん店の店内で見つけた金字で「月」と書かれた木彫り額があった。日本酒のラベル字なども手掛ける同区在住の書家・武江蒼壑そうがくさんが手掛けたものだ。宝塚歌劇団で月組組長を務めたリュウさん。高尾お茶のみ散歩では猫の「ツキちゃん」に出合うなど、何かと"ツキ"に恵まれた旅となった。

1200年を超える樹齢思う

 樹齢1200年以上という国天然記念物「虫川の大杉」=写真=。浦川原区虫川の白山神社の神木で高さ30メートル、幹回り11メートル、東西の枝張りは27メートルもある。「1本の木が林のように見える『そま』という樹形です」。地元の約60軒でつくる「虫川の大スギを守る会」で初代会長を務めた横田敏行さん(82)が説明した。

 守る会は、樹勢回復のため栄養剤散布や木道の張り替えなどを実施。「根元にスギの子が生えていますよ」と横田さんに教えられ、リュウさんは「巨木も最初は小さかったんですね」と太古に思いをはせていた。

あかね色と金に染まる

 空をあかね色に染め、日本海に沈んでいく夕日=写真=。海岸線が長い上越市は夕日を楽しめるスポットが多く、名立区名立大町の「うみてらす名立」の交流広場もその一つ。金色の長い帯がキラキラと水面みなもを照らし、あまりの美しさにリュウさんはその場にしばらくたたずんでいた。

NPOがカフェに再生

 上越市のNPO法人かみえちご山里ファン倶楽部くらぶが運営する「平左衛門カフェ」は、桑取谷くわどりだにと呼ばれる山あいの最奥にある=写真=。

 江戸時代後期の1850年頃に建ったとみられる古民家を同NPO法人の会員らが10年がかりで改修し、6年前にカフェによみがえらせた。地場産の野菜を使った食事やスイーツが好評で「地域の食の豊かさを発信したい」と、店を切り盛りする松川菜々子さん(38)。金、土、日曜日と祝日に営業。

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