【2014/12/06】
安倍晋三首相は来年10月に予定した消費税率10%への再増税を1年半延期した。与野党とも増税回避一色となり、衆院選で予定通りの再増税を訴える党は見当たらない。首相は景気を考えて決断したと語る一方で、2017年4月には景気がどうあれ10%に上げると説明する。再増税延期はアベノミクスに基づく「信念」か、それとも長期政権への誘惑に駆られた「ご都合主義」なのか。
11月最終週。師走の選挙準備へ世の中が走りだす中で、東京・日本橋高島屋のお歳暮コーナーはひとときのにぎわいを見せていた。4月の消費税増税後、円安による物価高も重なり消費者の財布のひもは固い。再増税延期は「消費者の心理にマイナスにはならない」。亀岡恒方店長は追い風効果に期待を込めた。
「(再増税すれば)個人消費を押し下げ、デフレ脱却も危うくなる」。首相は11月18日、経済再生を優先し再増税を延期すると表明した。その一方で17年4月からの「再延期はない」と断言し、財政再建に取り組む姿勢も強調してみせた。
年明けの通常国会で予定する消費税増税法の改正では、景気次第で増税を停止する「景気条項」を削除する。麻生太郎財務相は「(税率10%に)上げられなかった場合、責任問題に発展すると(首相は)覚悟している」と述べ、退路を断ったとの見方を示した。
自民党は「経済対策で景気回復を加速させる」(衆院選公約)としており、増税による家計負担を吸収できるほどの所得増を実現できるかどうかが成否を分ける。
消費税増税は、少子高齢化が進み財政が悪化する中で、社会保障の財源を確保するのが目的だ。民主、自民、公明の3党が「社会保障と税の一体改革」に合意し、12年8月に関連法を成立させた。その後の衆院選で民主党は政権の座を失ったが、当時の野田佳彦首相が政治生命を懸けて増税と向き合ったことを評価する声は今も少なくない。
だが、その民主党も再増税凍結に転じた。「(再増税)先送りは景気が悪いからだ。それを追い風に選挙をしようというのか」(野田前首相)と安倍政権を批判する一方、自らも凍結後の道筋は示していない。3党合意は事実上白紙に戻ったが、増税で賄うはずだった社会保障の財源をどうするかは、どの党からも明確に語られないままだ。
他の野党も維新の党が再増税凍結、共産党は増税中止を求めている。
「17年度からの導入を目指して早急に具体的な検討を進める」。自民、公明両党の与党税制協議会は先月20日、食料品などの消費税率を低く抑える軽減税率制度に関する合意内容を発表した。だが、急ごしらえの「玉虫色決着」は早くもほころびを露呈している。
焦点の導入時期は、公明党が税率10%の引き上げと同時を主張するのに対し、自民党は慎重姿勢を崩さず「努力目標」にとどまった。対象品目や区分経理の方法、税収減の穴埋め策といった「あらゆる論点が積み残されている」(財務省)。
両党は年明けにも具体的な検討に入るが、事務負担が増える中小企業は断固反対の立場だ。合意では「関係事業者を含む国民の理解」を導入の条件としており、制度化まで曲折が予想される。
消費税の再増税が1年半延期される間に、約5兆5千億円の税収が失われる。財政再建が遠のくだけでなく、社会保障の財源に穴が開き、年金受給者など一部の世帯にしわ寄せが行きかねない。
税率8%から10%への引き上げを来年10月から2017年4月に遅らせることで、15年度に約1兆5千億円、16年度は約4兆円の税収減が見込まれる。社会保障の充実策に回せる15年度分の財源は1兆3500億円と、当初計画より4500億円少なくなる計算だ。
政府は充実策のうち、新たな子育て支援制度は優先的に財源を確保し来年4月から実施する方針。ただ、再増税時に予定している低年金者への月5千円の給付は安倍晋三首相が先送りを表明した。対象世帯にとって、年額6万円もの収入が失われる影響は大きい。
首相は経済成長を通じた税収増を重視し、増税で景気が悪化し税収が減っては「元も子もない」と繰り返す。確かに、リーマン・ショック後の09年度に6兆円台まで落ち込んだ法人税収が、景気回復に伴い13年度に10兆円台まで戻した実例がある。だが、こうした「上げ潮派」の考え方には経済認識が楽観的過ぎるとの批判もあり、専門家の見解は分かれている。
日本の財政に対しては、米格付け会社が再増税延期を受け日本国債を格下げするなど、厳しい見方が強まっている。
政府は基礎的財政収支を20年度に黒字にする目標を維持したが、予定通り再増税しても11兆円の赤字が残ると試算していた。黒字達成に向けた計画を来年夏までに策定する方針で、まずは15年度予算案の編成で国債発行額をどれだけ抑制できるかが焦点となる。