そこは人けが少なく、ひっそりとした建物。高田世界館を運営するNPO法人「街なか映画館再生委員会」の岸田国昭代表(55)は、にやりと笑みを浮かべ、切り出した。「ここが映画館に生まれ変わったら、面白くないですか」。妙高市朝日町1の「さん来夢あらい」を舞台に、新たな物語の始まりを思い描く。
高田世界館2号館の開設が計画されている「さん来夢あらい」の空きスペース。岸田国昭さん(左)と金子淳一さんが構想を語り合う=4月、妙高市朝日町1
世界館の2号館は2019年度内の開設を目指す。「チェーン展開」は、岸田さんが温めていたアイデア。一つの街で、映画を日常的に見る層を広げることに限界を感じた。そこで「別の地域に同じモデルの映画館を開けば、1カ所に絞るより、映画人口を増やせるのではないか」と考えた。
世界館は昨年末、主流のデジタル映写機を、撤退した福井の映画館から買い取った。これまで利用していた映写機を他に使い回せる余裕が生まれた。
手軽に上映ができる時代になった。映写機は進化し、ボタン一つで上映を開始できる。一般社団法人コミュニティシネマセンター(東京)の岩崎ゆう子事務局長(57)は「デジタル化で、作品も手に入りやすくなった。今や映画上映は専門的な場所で専門的な人だけが行うものではない」と話す。佐渡市唯一の映画館「Cafeガシマシネマ」は古民家を改装した和室で上映する。映写室はない。大規模な防音工事もしていない。そうしたスタイルの映画館が全国で増えつつあることも岸田さんの背中を押した。
昨秋から妙高市での開設を模索する中、さん来夢あらいに適した空きスペースが見つかった。17年夏、核テナントのスーパーが撤退して以降、周辺は「さらに人通りが減った」という声が大きい。近隣で商店を営む女性(69)は「目的になる施設がないから、10連休も寂しいものだった。映画館はうれしいけど、どれだけ人が来てくれるか…」と不安視する。妙高市は旧新井市だった1978年、新井松竹館の廃業後、映画館の空白域となっている。
全国的に映画館の数は右肩下がりが続く。「映画上映活動年鑑」によると、2005年の806館から、15年は580館に減少。人口密集地にシネマコンプレックス(複合映画館)が進出する一方、映画館のない市町村は増えている。
映画館受難の時代、2号館がターゲットとするのはお年寄りだ。世界館で好評だった作品や、昭和の名作の上映を構想する。そして、成功には市民の機運醸成が欠かせない。岸田さんは昔の映像に力を借りるつもりだ。「誰しも昔の街並みの記憶がある。映像を見るとね、止まっていた時間が動き出すんですよ」
18日、さん来夢あらいで開く「街の記憶」上映会を手伝う映像制作会社代表、金子淳一さん(53)=上越市=は3月、上野
かつては栄えた市街地だ。「人を引きつける、土地のエネルギーは残っている」と岸田さんは信じる。もう一つの物語を映し出す映写機が、回り始めた。
(おわり)
3月、高田世界館であった映画監督の舞台あいさつのことだった。対談の相手役だった上野支配人が途中、壇上から軽快に飛び降り、ものを言いたげな観客にマイクを向けた。観客の熱いトークが止まらない。「私も」と感想を語りたい人の手が次々上がる。映画に魅了された人でつくる幸せな光景だった。「空間をいかにホットなものにするか。きっかけが見えたら、僕は流れをつくる」と上野支配人は教えてくれた。
建物に108年の歴史はあるが、NPOに譲渡後、連日上映するようになってまだ4年。お客はまばら。まして、映画館は全国で次々に消えている。世界館があることは当たり前ではない。映画も小説もスポーツ中継も、スマートフォンで見られる時代だ。手軽さばかりを追い求め、「本物」の臨場感や空気感の素晴らしさを自分自身、忘れている気がした。
「大ファンなんですよ」。雑談で、初のグランドピアノ公演をする歌手の魅力を語る上野支配人の熱に感化された。チケットを買い、訪れた公演で、「劇場」としての魅力を知った。私もファンになった。訪れた人にだけ感じられるものがある。スマホから目を離し街に出ると、広がる世界があるかもしれない。