第3弾 長岡・見附・小千谷

[未来のチカラ in 長岡・見附・小千谷]

中澤卓也さんと着て見て巡る

<4> 長岡・後編

大正期の建物の活用は素晴らしい

日本酒PR拠点 体感 醸造のまち摂田屋に興味

新潟日報 2020/08/29

 長岡市摂田屋地区は良質な水に恵まれ、日本酒やみそ、しょうゆの蔵元が集まる「醸造のまち」として知られる。市は新たな観光拠点として環境整備を進める。1945年の長岡空襲を免れ、歴史を伝える建物を今も残すまちを中澤卓也さんが歩いた。

吉乃川の歴史や酒造りについて学べる「醸蔵」を見学する中澤卓也さん(右)=長岡市摂田屋4

吉乃川の歴史や酒造りについて学べる「醸蔵」を見学する中澤卓也さん(右)=長岡市摂田屋4

 中澤さんが訪れたのは酒造会社、吉乃川の敷地内に2019年10月にオープンした酒ミュージアム「醸蔵じょうぐら」(摂田屋4)だ。

 歌手にとって命の喉を大事にするため、「全く歌わないスケジュールが続く時にしか、お酒は飲まない」と心掛けているそうだが、飲むときは日本酒をたしなむこともあるという。

 醸蔵の建物は、大正期に建てられ、酒の瓶詰め作業に使われていた倉庫「常倉じょうぐら」を改修した。当時としては珍しい鉄筋コンクリート造りで、国の有形文化財に指定されている。

 天井は、鉄骨を三角形に組んだ「トラス工法」が分かるように吹き抜けになっている。施設では吉乃川の歴史や酒造りの工程を学べるほか、日本酒の試飲や購入もできる。「1カ所で完結できますね」と興味を示した。

 吉乃川の創業は、戦国時代の1548年にさかのぼる。徳川家康がわずか6歳の時のことだ。オーナーである蔵元の川上家は遠祖が武士で、上杉謙信の後継者を争った「御館の乱」で景虎側に付いて敗れ、酒造業に専念したという。案内に同行した現在の蔵元、川上麻衣さん(27)を前に、中澤さんは「とんでもない方ですね」と、かしこまった。

 戊辰戦争では摂田屋地区の光福寺に長岡藩の本陣が置かれた。同社経営戦略課の横本昌之さん(45)が「長岡藩士は戦いの前に、吉乃川の酒を飲んでいたかも」と話すと、中澤さんも「そうかもしれませんね」と、歴史ロマンに思いをはせた。

 展示スペースには酒造りの道具も並び、中央では酒を搾る際に使われた「ふね」がどっしりと存在感を放つ。50年にわたって使われたと聞き、しばらく見つめていた。

 中澤さんは「当時の建物が残り、現代の人たちに歴史を継承しようと、リノベーションして有効活用していることは、素晴らしい」と感服していた。

蔵の装飾 遊び心に共鳴 

 摂田屋の町並みを巡ると、レトロな建造物に出合える。その一つ、薬用酒の製造を手掛けた機那きなサフラン酒本舗(摂田屋4)には、明治期から昭和初期にかけて造られた10棟の建物群が現存する。

 敷地内にある「米蔵こめぐら」は10月に観光施設として生まれ変わるため、改修作業が大詰めを迎えている。中澤さんが中に入ると、約150平方メートルの空間に約8メートルの高い屋根。講演会やコンサートの会場に使われる予定だ。案内役との会話が反響した。「音の響きがいい。ここでコンサートをやれたらいいですね」と気に入った様子だ。

 国有形文化財の「鏝絵こてえの蔵」には、漆喰しっくいを塗り重ね、霊獣や動植物を立体的に表現した絵が施されている。馬と桜の組み合わせも見えた。

 建物の管理・運営に当たるまちづくり会社「ミライ発酵本舗」統括マネージャーの平沢政明さん(62)は、馬の肉を桜肉と呼ぶことに発想があるとの見方を示し、「当時の自由な発想が表れている」と解説。中澤さんも「遊び心がある」とうなずいた。

動植物を色鮮やかに表現した装飾が目を引く機那サフラン酒本舗「鏝絵の蔵」=長岡市摂田屋4

動植物を色鮮やかに表現した装飾が目を引く機那サフラン酒本舗「鏝絵の蔵」=長岡市摂田屋4

れんが造りの風情漂う

歴史情緒を感じさせるれんが造りの建物が残る長谷川酒造=長岡市摂田屋2

歴史情緒を感じさせるれんが造りの建物が残る長谷川酒造=長岡市摂田屋2

 同じ地区の長谷川酒造(摂田屋2)に足を運んだ。風格あるたたずまいが造り酒屋の伝統を残す。主屋は明治期に、れんが造りの建物は大正期に建てられた。「当時の建物が、ずっと残っているのはすごい」と中澤さん。

 「地元にいる時は、近すぎて分からなかった良さを改めて知ることができた。地元の人にはより地元を知ってもらい、東京など遠方の人には魅力を発見してもらえたらうれしい」と願った。

【動画】 中澤卓也さんと着て見て巡る(長岡・後編)

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