第9弾 新潟市

古町芸妓の技芸 永遠に
「地方」育成支援10年目

新潟日報 2022/08/31

  芸妓 げいぎ による踊りやおもてなしに欠かせない三味線や、鼓といった鳴り物の技芸を「絶やすまい」と、新潟市や新潟商工会議所が補助を出し、官民が協力して演奏役の「 地方 じかた 」を育てる「古町芸妓育成支援事業」が10年目を迎えた。東京から専門の講師を招き集中的に稽古を重ねている。若手の技量が上がり、「お ねえ さん」と呼ばれるベテラン芸妓に頼り切らない舞台構成も可能になってきた。ベテランも、地元特有の曲をしっかり若手に伝承しようと本腰を入れている。(論説編集委員・鈴木啓弘)

鼓、三味線…
東京から講師 若手の技量向上

 昭和初期の建物を改築し、養成会社「柳都振興」や新潟三業協同組合が入居する古町通9の建物。7月末、かつて「美や古」として接待などに使われた日本間に鼓の音が響いていた。

 「いよ~」と声を上げながら鼓をたたくのは、芸歴3年目の古町芸妓いち弥さん(22)。「入社して初めて音の出し方を知ったので必死に覚えようという思い。限界を定めずに稽古を続けたい」と前向きだ。

  張扇 はりおうぎ と呼ぶ道具を持ち拍子を取りながら指導するのは望月流の望月 初寿三 はつすみ さん(78)=東京=。古町出身で、新潟中央高卒業後に上京した。国立劇場の養成課講師でもある。

 「基本的なことを身に付けるだけで3年はかかる」と話す望月さんは、厳しさも交えながら教える方針といい、「波や雨、雪といった自然現象の音が出せれば上級。そのレベルまで自分たちでこなせるようになってほしい」と願っている。

望月さん(右)による鼓の指導。ほかの稽古やお座敷の合間を縫い、マンツーマンで教えることもある=新潟市中央区古町通9の旧美や古

 三味線(長唄)についても講師、岩田喜美子さん(73)=同=が来て指導に励む。東京芸術大邦楽科を卒業し、芸大の非常勤講師として十数年教えた経験がある。

 芸妓について「上達、吸収が速い。難しい曲も教えがいがある」と指導から10年目の手応えを語る。

岩田喜美子さん

 「年配の芸妓が、ある日突然体調を崩し欠けてしまうこともある」と話す岩田さん。「古町の伝統を受け継がなきゃ駄目だという思いを若手から感じる」と評価する。中級、上級の一部の曲目をこなせる芸妓も育っていると太鼓判を押す。

 三味線、鳴り物の技量アップに対し周囲の評価も高い。接待用のお座敷がある「 寿ゞ すず むら」(古町通9)の 女将 おかみ 、平野千恵子さん(76)は「3年ぐらい前から驚くほどうまくなっている」と強調する。

 座敷では若手にも積極的に演奏役を担ってもらっているといい、「人生経験もさらに積んで、艶っぽい曲もこなせるようになってくれれば」と期待を込めた。

「お姐さん」も奮闘

 ベテランのお姐さん芸妓も技芸の伝承に懸命だ。

 東京から派遣される講師は、基礎や定番の曲を中心に指導する。お座敷でもてなすにはさらに、地元ならではの曲を弾けるようになることが求められる。

 三味線で第一線に立ってきた 福豆世 ふくとよ さん(81)らは、「四季に合った小唄や端唄もお座敷などで演奏できるようになってほしい」と若手に教えている。「新潟は民謡の宝庫でもある。手本の演奏を聞き耳にしっかり定着させることも大事」と福豆世さん。さまざまな曲を演奏すると、独習用にスマートフォンで録画する若手もいる。

 三味線などを担当していた80代のベテラン芸妓が1人、6月に引退した。

 「私たちだっていつ出られなくなるか分からない」と危機感を口にする福豆世さんは、「新潟のお座敷で必要とされるものを覚えてもらいたいし、伝えていきたい」と力強く語った。

<古町芸妓育成支援事業> 踊りの伴奏を務める 地方 じかた を早期に育てるため2013年に開始。事業費は年間約800万円。新潟市が半分の400万円を補助し、残りは新潟商工会議所などが負担している。派遣講師は月に3日間程度の稽古をする。旧来の置屋制度による芸妓は、古町では1960年代後半に新人が出なくなり、今は70~80代の9人が残る(8月現在)。87年に養成会社が発足し再び10~20代の芸妓を育てたが、現在50~60代がいないなど年代に隔たりがある。踊り手の養成が先行したため地方育成が急務。高齢化で地方が足りない他県の花街では、伴奏を録音で流す事例もあるが、古町では生演奏にこだわりたいことも取り組みの背景にある。

ふるまち新潟をどり りゅーとぴあで9月23日
若手らのみ演目 初披露

 古町芸妓が総出演する年1回の「ふるまち新潟をどり」。9月に予定されるこの催しで初の試みがある。冒頭の長唄の演目で、演奏役の地方を若手と中堅だけで務める。育成支援事業で稽古を重ねてきた柳都振興の芸妓と、柳都から独立した芸妓が成果を披露する形となる。

昨年の新潟をどりの様子

 日本舞踊市山流の家元で、をどりを企画する市山七十郎師匠は「育成支援があったから可能になった」と語る。これまで演奏にはベテランが加わることが通例だった。

市山七十郎師匠

 市山師匠の住居は古町通9にあり、柳都振興が入る建物の隣にある。若手が自主練習も重ねているためか夜に三味線の音が聞こえてくることもあるという。「私から見ても頑張っていると思う。今後レパートリーを増やしてくれればなおさらいい」と期待を込めた。

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 新潟をどりは9月23日、新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)劇場で開かれる。正午と午後3時半の2回公演。S席6,000円など。問い合わせは、025-224-5521。