2002年9月、平壌市内の百花園迎賓館で日朝共同宣言の署名を終え、握手する小泉首相と北朝鮮の金正日総書記(共同)
2002年9月、平壌市内の百花園迎賓館で日朝共同宣言の署名を終え、握手する小泉首相と北朝鮮の金正日総書記(共同)

 【ロンドン共同】2002年9月の日朝首脳会談で小泉純一郎首相が、核開発疑惑が持たれていた北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記に対し、日本が過去に「米英との無謀な戦争に敗れた」とした上で北朝鮮も「米英には勝てない」と警告し、国際社会との協調を促していたことが30日、分かった。日本の敗戦を例に挙げながら、非核化に向けて説得を試みたとみられる。英政府が同日公開した公文書に、小泉氏が日朝会談に関して英側に説明した内容が含まれていた。

<日朝首脳会談> 国交のない日本と北朝鮮は2002年9月17日、当時の小泉純一郎首相が平壌を訪れ金正日総書記と初めて首脳会談を行った。金氏は日本人の拉致を認めて謝罪し、国交正常化に向けた日朝平壌宣言に署名。同年10月に拉致被害者5人が帰国した。両首脳は04年5月22日に再会談し、小泉氏は拉致被害者の家族5人と共に帰国。首脳会談はこれが最後で、金正恩体制への移行後は実現していない。拉致問題を巡っては北朝鮮が14年に再調査を約束したが、16年の北朝鮮の核実験を受け日本が独自制裁を強化し、北朝鮮は調査を全面中止した。(北京共同)

 北朝鮮問題に詳しい慶応大の礒崎敦仁教授は「日朝首脳間のやりとりについて小泉氏自身が説明した内容が判明するのは異例」と指摘。「注目されていた拉致問題だけでなく、核問題でも日本が主導的な役割を果たそうとしたことが分かる重要な資料だ」と評価した。

 文書には、小泉氏がブレア英首相と03年7月19日に神奈川県箱根町で会談した内容がまとめられている。文書によると、小泉氏は金氏に...

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