時代の一場面を鮮やかに切り取った報道写真。決定的瞬間の裏側を、証言と写真でたどる。=第2回=

=第1回=王者マイク・タイソンが東京で敗れた「世紀の番狂わせ」

オウム真理教施設「第7サティアン」にあった巨大な「シバ神」の顔のレリーフ。一見して雑な造りだったので手を伸ばそうとすると、信者から「神聖なものなのでやめてください」と、とがめられた=1995年2月、山梨県上九一色村(当時)(撮影・原田浩司)
オウム真理教施設「第7サティアン」にあった巨大な「シバ神」の顔のレリーフ。一見して雑な造りだったので手を伸ばそうとすると、信者から「神聖なものなのでやめてください」と、とがめられた=1995年2月、山梨県上九一色村(当時)(撮影・原田浩司)

 1995年2月、山梨県上九一色村(当時)のオウム真理教施設「第7サティアン」に共同通信の原田浩司が入った。誘導された先に現れたのは「シバ神」のレリーフ。強制捜査が迫る中、教団側はある思惑を秘めていた。原田が語る。

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 オウム真理教は熊本県波野村(現阿蘇市)に拠点を置いた90年、地元住民とあつれきを起こしていました。「プロのやじ馬」になりたくて就職先を決めた僕は「変な人たち」に興味がある。休日のたびに通いました。

 立ち話をした信者は真面目な好人物が多かったし、幹部にも会えた。一方で、住民から「(敷地内で)人の死体を燃やしていた」と聞いて張り込んだけれど、写真は撮れなかった。それで僕の中では一段落したんです。

 95年の元日、サリン生成の残留物質が上九一色の土壌から検出されたと読売新聞がスクープ。それからは山梨に通いました。施設周辺には、後に捜査で押収される、サリン原料の薬品の空き瓶や培養シャーレが散乱していた。警察でも取材陣でも、化学に詳しい人が一人でも見ていれば、すぐに分かったはずです。

 教団側は僕を覚えていて、招かれて入った時に撮ったのが「シバ神」の写真。レリーフはその裏にあった...

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