アルケンからエポキシを経て一気に高付加価値ジオール類を合成する触媒プロセスの開発
ポイント
・ アルケンからのエポキシ化・水和という2段階の反応を一気に進行させて、さまざまなジオール類を汎用的に合成可能、しかも、必要な反応原料は低濃度の過酸化水素水のみ!反応副生成物は水のみ!
・ エポキシ化と水和、どちらも可能なゼオライト触媒を用い、反応環境を最適化することで、長時間連続して高収率にジオール類の合成を可能に
・ 化粧品や抗菌剤、医薬品中間体など、さまざまな用途に応用される有用ジオール類の実用的な製造プロセスに応用可能
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605159095-O1-0288Bh5p】
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学研究部門 今 喜裕 研究グループ長らは、化粧品などの原料となる有用ジオール類を低環境負荷で長時間連続して高収率に合成する触媒プロセスを開発しました。
ジオールとは、分子内にヒドロキシ基を二つ持つ有機化合物です。分子中の炭素原子の数によって多様なジオールがあり、中には化粧品原料や医薬品中間体に応用される高付加価値なジオール類がありますが、その製造方法はジオールの種類ごとに設計・開発されています。しかしそれらの製造方法は、反応原料に環境負荷が高いものが必要であることや、アルケンからのエポキシ化・水和という反応を2段階に分ける必要があるなど、いずれも改良の余地が小さくありません。
今回、進行速度が異なる2段階の反応に対して、エポキシ化と水和のどちらも可能な2機能ゼオライト触媒を用いて、合成条件などを最適化した連続合成プロセスを開発しました。開発したプロセスは、原料のアルケン類を触媒装置に送液するだけで、エポキシ化・水和の反応を連続して進行させ、ジオール類を得ることが可能です。このプロセスを用い、1週間以上連続でも、90 %以上の収率を維持し、さまざまなジオール類の合成に成功しました。しかも、アルケンと共に反応させる過酸化水素水の濃度を1 %まで抑え、反応副生成物は水のみであることから低環境負荷でクリーンな合成プロセスといえます。
今回開発した合成プロセスは、環境負荷を抑えつつ、必要な量だけ、多岐にわたる有用ジオール類を簡便かつ連続的に製造できるため、保湿化粧品、抗菌剤、医薬中間体、樹脂原料などの製造に応用が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2026年4月28日に「Advanced Synthesis & Catalysis」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260518/pr20260518.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
ジオールは、分子中の炭素原子の数によって多様な種類がありますが、いずれも二つのヒドロキシ基を持ち、さまざまな化成品の原料となります。基礎化学品として炭素数2のエチレングリコールが不凍液やポリマーの原料などとして使用されている一方で、炭素数が3以上のジオールは、保湿化粧品、抗菌剤、医薬品中間体などの原料として幅広く使われるため、高付加価値の機能性化学品でもあります。
製造方法が確立されているエチレングリコールとは異なり、機能性化学品用途としてのジオール類の製造方法は、ジオールの種類ごとに設計・開発されていますが、それらは、いずれも改良の余地があります。例えば、1-ペンテンというアルケンから1,2-ペンタンジオールというジオールを工業的に製造する際には、過カルボン酸でエポキシ化し、アルコールで水和するなどの方法がありますが、その際には副生成物であるカルボン酸を除去する必要があります。また、強酸や塩素系有機化合物を用いる製造法では、環境負荷を抑制するために、それらの分離や処理の工程が必要になります。
時間と手間がかかるバッチ式の製造方法も使われている一方で、触媒を用いたフロー式においても触媒の劣化が速く、ジオール類を連続製造する汎用手法は未だ開発されていません。
研究の経緯
産総研は、機能性化学品を連続的かつ高選択的に生産するため、約1週間連続して高純度の機能性化学品を製造可能にする触媒プロセスの確立を目指しています。これまでに、多段階製造プロセスと分離操作を繋げて連続精密生産が可能な触媒反応を見いだすことで、各種機能性化学品の製造に欠かせない基幹反応のフロー式触媒反応プロセスを開発してきました(2023年10月30日産総研プレス発表、2024年6月27日産総研プレス発表、2025年9月17日産総研プレス発表)。
今回、これまでの技術に加え、従来、高選択的に目的物を製造することが難しいとされてきたジオール類の製造について、副反応や廃棄物を抑制可能な2機能ゼオライト触媒をフロー装置と組み合わせることを着想し、廃棄物としての処理が必要なカルボン酸や強酸を使用せずに収率良く長時間安定して駆動するジオール類の連続精密生産技術を開発しました。
なお、本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発プロジェクト」(2019~2028年度、プロジェクトコードP19004)による支援を受けています。
研究の内容
本研究では、爆発性のない原料を用い、かつ高選択・高収率を安定的に維持しながらジオール類を合成する反応プロセスを提供することを目指して研究を開始しました。
我々は、カルボン酸を使用しなくてもエポキシ化を高選択的に進行可能なチタン含有ゼオライト触媒を開発しました。また、この新しい触媒が、溶媒や反応温度を最適化した反応条件下では水和反応も高選択的に進行する2機能触媒として働くことを見いだしました。続いて、チタン含有ゼオライト触媒をガラス管に封入して触媒装置1および2を作製し、両装置の流路を連結した2段フロー式触媒装置を開発しました。反応速度の速い1段目のエポキシ化(触媒装置1)では、触媒装置2より触媒量を少なくし、30 ℃で反応させました。反応速度の遅い2段目の水和(触媒装置2)では、触媒装置1よりも触媒量と反応液が通過する面積を増やし、90 ℃で反応させることで、2段階の反応を連続的に一気通貫で進行できるフロー式反応を実現しました(図1)。
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開発した製造方法は、通常は30 %以上の濃度で使用する過酸化水素の濃度を、オキシドールよりも低い1 %に設定してもジオール類を70 %から90 %と高収率に合成可能です。そのため、爆発危険性が低いことに加え、カルボン酸や強酸を使用せず、副生成物としてジオール類以外には水だけが発生するクリーンなプロセスとしても期待されます。また、触媒の劣化について考察するため、動的核分極-核磁気共鳴(DNP-NMR)を用いて触媒の表面を高感度で分析したところ、反応の途中で生成するエポキシが触媒表面を被覆することで一定時間が経過すると目的物の収率が低下することを突き止めました。エポキシを含む分子の構造が直鎖、環状、および芳香環置換化合物と変わると、触媒表面への被覆率が異なります。それぞれの構造に応じて、アルコール、アセトン、アセトニトリルから最適な組み合わせで溶媒を選択して反応促進の補助と溶出力の調整を行い、エポキシを効果的に装置から洗い流すよう工夫することで、長時間連続的にジオール類を製造可能な汎用性の高い触媒プロセスを開発しました(図2)。特に、4-フェニル-1,2-ブタンジオールについては約1週間以上、90 %以上の収率で連続的に製造可能なことを実証しました。
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これらの結果は、汎用性の高いジオール類の合成において、触媒装置へ原料を送液するだけで2種類の異なる反応を一気に進行でき、安全かつ簡便に目的物を提供可能にしたことを示すものです。環境負荷の高いカルボン酸や強酸の使用を避け、高濃度過酸化水素水による爆発危険性を低減できるため、今後の環境に関連する規制に対応できる製造法として期待されます。
今後の予定
今後は開発した機能性化学品の連続精密生産技術をさらに使いやすく実用性の高い技術として提案するため、今回開発した2機能ゼオライト触媒を高分散させて触媒装置に組み込み、圧力損失を少なくするなどの改良を実施して、触媒装置のさらなる使いやすさと安定駆動を目指します。
論文情報
掲載誌:Advanced Synthesis & Catalysis
論文タイトル:Selective continuous-flow syntheses of 1,2-diols from alkenes by utilizing a dual functionality of titanium silicalite-1 catalyst in the presence of hydrogen peroxide without carboxylic acids
著者:今喜裕、中島拓哉、永島裕樹、槇納好岐、小野澤俊也、宮村浩之、小林修
DOI:10.1002/adsc.70463
用語解説
触媒
反応の前後でそれ自身は変化しないが、特定の化学反応の速度を促進する物質。
アルケン
炭素=炭素(C=C)二重結合を持つ有機化合物の総称。
エポキシ
炭素―酸素―炭素(C-O-C)から形成する三角形の構造を持つ有機化合物の総称。
水和
水(H2O)を付加する反応。エポキシを水和すると以下の化学反応式によりジオールが生成する。
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ゼオライト
内部に微細な空洞(ナノサイズの細孔)を無数に持つ、アルミノケイ酸塩鉱物。
過酸化水素
水に酸素原子が1つ付与された酸化剤(HOOH)。消毒薬や洗浄剤に使われており、酸化反応に用いると分子内の酸素を1原子放出して水(H2O)になる。
エチレングリコール
HO-CH2-CH2-OHで示される、最小のジオール。
機能性化学品
特定の性能を持つ化学材料。高付加価値を持ち、相対的に高値で取引される。多品種であるため、高選択的な製造方法が確立されていない材料も多い。
過カルボン酸
-COOOHの構造を持つ有機化合物。産業プロセスで用いられる代表的なものに過ギ酸(HCOOOH)があるが、不安定で爆発事故の事例がある。
カルボン酸
-COOHの構造を持つ有機化合物。代表的なものにギ酸(HCOOH)がある。
バッチ式
反応釜やフラスコを用いた反応を指す。原料、試薬、添加剤や溶媒を一定の容積の容器に加えて反応させる製造方法。
フロー式
連続生産ともいう。管型の反応器を含む装置の片側(入口)へポンプなどで原料を流し入れ、装置の反対側(出口)から生成物が流れ出ることで連続的に目的物を得る製造方法。フロー式化学合成は一般に「必要な量だけをその都度つくる(オンデマンド生産)」という特徴を有する。
オキシドール
過酸化水素を2.5から3.5 %程度含む水溶液。消毒や洗浄に使用される第3類医薬品。
動的核分極-核磁気共鳴(DNP-NMR)
非破壊で標的元素の原子核の環境を観測し、化学結合の情報を分析する分光法。サンプルへの磁化移動を高効率に行う動的核分極法を組み合わせて用いることで感度が向上する。
アセトン
有機溶媒、以下の構造式で示される。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605159095-O5-N93M9dxA】
アセトニトリル
CH3CNで記載される窒素を含んだ有機化合物。極性を持つ有機溶媒として知られる。
圧力損失
流体が配管を通過する際に摩擦や障害物などでエネルギーを失い、上流側よりも下流側の圧力が低下する現象。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260518/pr20260518.html













