
阪之上小にある長岡の教育史を紹介した伝統館。児童に歴史を伝えている=長岡市今朝白1
2026年は午(うま)年で、60年に一度の「丙午(ひのえうま)」に当たる。馬は力強さを象徴し、丙午は行動力や前進するエネルギーが高まる年といわれる。長岡、見附、小千谷の3市で午年に起きた出来事を振り返り、新たな一年を駆け抜けよう。
「どんな苦境にあろうとも、教育はおろそかにできない」。午(うま)年の1870(明治3)年、長岡藩は国漢学校を開校した。戊辰戦争に敗れて困窮する中、大参事の小林虎三郎は人材育成を図ろうと、支藩の三根山藩(新潟市西蒲区)から送られてきた百俵の救援米を換金し、教育の資金に充てたとされる。この故事に由来する「米百俵の精神」は、長岡市のまちづくりや人材育成の理念となって今に息づいている。
国漢学校では漢字、歴史、洋学、地理、医学など、幅広い分野を学ぶことができた。長岡藩の廃藩で国漢学校の名は途絶えたが、流れをくむ旧制長岡中学校からは、連合艦隊司令長官の山本五十六や詩人堀口大学らを輩出した。
国漢学校を前身とし、...
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