アルビレックス新潟は4月、クラブ設立30周年を迎える。初年度の1996年に当時のアルビレオ新潟に加入し、ストライカーとして日本フットボールリーグ(JFL)昇格に貢献したのが杉山学さん(57)だ。引退後は新潟経営大の監督として新潟県サッカーの底上げや人材育成に携わり、アルビにも選手を供給してきた。現在、経営大の学長を務める元アルビ戦士が考える新潟県やクラブの30年後の未来とは-。
杉山さんはサッカー王国静岡の出身で、国士舘大を卒業後、1991年に清水エスパルスに加入した。清水は2年後に開幕するJリーグに加盟承認された10クラブの一つで、杉山さんは1期生。JFLのNEC山形を経て、プロ化1年目の新潟にやってきた。
当時はプロ選手とアマ選手が混在し、日中はプロだけ、夜はアマも加わる2部練習。練習場も転々とし、「何もないところ」からのスタートだった。自身も左足首の故障を抱え、「新潟に拾ってもらった。もうクビになりたくない」と必死だった。
練習では若手を引っ張り、体のケアも徹底してプロの姿勢を示した。JFL昇格を決めた全国地域リーグ決勝大会決勝リーグ(98年1月)では3試合3ゴールと勝負強さを発揮。98年まで3年間プレーし、リーグ戦は通算32試合9得点。ひた向きにゴールに向かう姿は、数字以上にサポーターの心をつかんだ。
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99年のJ2参入を前に戦力外通告を受けた。当時の中野幸夫専務から...
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