知命堂病院看護婦長時代の大関和(右)と、瀬尾院長の妻ソノ(医療法人知命堂病院提供)
知命堂病院看護婦長時代の大関和(右)と、瀬尾院長の妻ソノ(医療法人知命堂病院提供)

 30日に放送が始まったNHK連続テレビ小説「風、薫る」。主人公のモチーフとなっている大関和(1858〜1932年)は、上越市の知命堂病院で初代看護婦長を務めた。トレインドナース(正規に訓練された看護師)として日本の近代看護の礎を築き、「明治のナイチンゲール」とも呼ばれた。

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 和は下野国那須郡黒羽藩(現栃木県大田原市)の家老の家に生まれた。18歳のころに結婚し2児をもうけたが離婚。1881(明治14)年ごろに子どもを連れて上京した。

 東京でキリスト教の教えに感銘を受け、牧師の植村正久から看護師になることを勧められ、86(明治19)年に桜井女学校付属看護婦養成所の第1期生として入学。ナイチンゲール式の看護学を学んだ。

 卒業後は実習先だった帝国大学医科大学付属第一医院(現東京大医学部付属病院)でトレインドナースとして働き始める。ただ看護師の待遇改善を求めたことで医師らと衝突し、職場を追われるように2年ほどで退職。90(明治23)年に桜井女学校の分校だった上越市の高田女学校に舎監兼伝道師として赴任した。

知命堂病院開院時に使われていたとされる医療器具=上越市西城町3の知命堂病院

 そこで、第一医院時代に指導を受け、知命堂病院の初代病院長となる瀬尾原始(げんし)と偶然再会する。瀬尾から請われ、初代看護婦長に就いた。父や親戚から和のことを聞いていた知命堂病院の森川政嗣理事長兼病院長(74)は「優秀な教え子だったからスカウトしたのだろう。...

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