1912年4月、北大西洋で豪華客船タイタニック号が氷山に衝突し、海深く沈みました。乗客乗員約2200人のうち約7割の約1500人が亡くなった大惨事に日本人でただ一人居合わせ、しかも生還した男性がいます。本県出身の細野正文さんです。
細野さんが事故に見舞われた直後に書き留めた手記が現在、横浜市の横浜みなと博物館で特別公開されています。114年たった今でも語り継がれるタイタニック号の沈没事故。細野さんはタイタニック号になぜ乗り合わせたのか。どうやって生き延びたのか。帰国後に見舞われた非難とは。細野さんの残した手記や事故当時の新聞紙面、昭和期の本紙などを基に男性の数奇な運命をたどりました。
(佐渡総局・林康寛)
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細野さんの手記全文
◎4.14〜15(4月14日〜15日)
※日付の数字に続く()月日は編集者が記入したもの。横浜みなと博物館発行「開館25周年記念展 船の旅と横浜港 秘蔵コレクション」より転載
沈没したタイタニック号から生還した細野正文さんの手記。便箋裏面から文章が始まり、天地逆に書かれている(横浜みなと博物館提供)
天気快晴、午前七時起床、八時朝食、二時昼食、六時夕食、其間読書シタリ運動シタリ或ハ自室ニテ平臥ナドシテ日ヲ送ル。夜十時床ニ入リ読書シナガラ稍眠ヲ催フシ夢現ノ時船ガ何カニ突キ当リタル心地セルモ別段気ニ止メズ、間モナク船停止ス。オカシキト思ヒナガラ大事件ノ発生セルトハ、...
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