
細野正文さん
タイタニック号唯一の邦人生還者は新潟県出身者だった-。1912年4月15日に北大西洋で沈んだ豪華客船タイタニック号に乗っていた旧保倉村(現上越市)生まれの細野正文さん(1870〜1939年)の手記が19日から、横浜市の横浜みなと博物館で特別公開される。海難史上に残る沈没から114年。沈没時の船上の混乱した様子や決死の覚悟が克明に書かれた手記は、現存する資料の中でも「第一級」と評価されている。
横浜みなと博物館などによると、正文さんは1910年、当時の鉄道院副参事として鉄道事業の研究のためロシアに留学。米国経由で帰国する際にタイタニック号に乗船し、遭難した。孫の一人は、「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーでミュージシャンの細野晴臣さん。
手記は、船会社の社旗や「TITANIC」の文字が印刷された船備え付けの便箋に書かれた。二つ折りの1枚に裏面から書き始め、船が氷山に衝突した4月14日から、救助されてニューヨークに着いた18日までの様子が約4000字でつづられている。
船員に起こされて上がった甲板で、乗客が右往左往する様子。「日本人ノ恥ニナルマジキ」と死を覚悟した正文さんの心情。救難の花火が絶えず打ち上がり、船が大きく傾く沈没直前の状況…。
奇跡的に救命ボートに乗ることができた際の経緯や船が沈んでいく惨状、別の船に助けられた様子なども詳しく記されている。
博物館では19日から、平成期に横浜に入港した客船を紹介する企画展を開催。細野家から...
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