
尹錫悦(ユンソンニョル)韓国大統領が「非常戒厳」を出した-。師走の初め、そんなニュースが飛び込んできた。この秋、韓国を訪れたばかりだったので驚いた。混乱が続く中、推移を見守ることしかできないのがもどかしい。初めて訪れた韓国は、食べ物がおいしく、人情も厚く、印象に残る国になった。2025年は、日韓国交正常化から60年の節目に当たる。新潟市の観光や国際交流を担当する記者として、交流がより深まれば-。そんな思いを込めた訪韓記をお届けします。(報道部・落合堂伊代)
新潟市の「韓日ハンガウィ祭り」で“予習”
2024年秋、新潟日報社の報道部に異動し、新潟市の観光や国際交流といった分野を担当するようになった。機を合わせるかのように、在新潟韓国総領事館主催の訪韓事業に誘われ、4泊5日のツアーに参加することに。公私も含め、初の海外になるので緊張もあったが、好奇心が勝った。
渡韓を控え、9月に新潟市であった韓国と日本の文化交流を図るイベント「韓日ハンガウィ祭り」を取材した。K-POPや伝統楽器の演奏、国技のテコンドーの華麗な技…。パワフルなステージに圧倒され、“韓国熱”は出国前からうなぎ登りとなっていた。

記念すべき夕食第1号は…
10月中旬、いよいよ出発の日。新潟空港行きのバスに揺られながら行程表を開く。首都ソウル、歴史のまち慶州(キョンジュ)、そして港湾都市の釜山(プサン)。この3都市を5日間で回る。当然、初めて訪れる場所ばかり。どんな街だろうと、想像を巡らせる。
2時間のフライトはあっという間だった。仁川(インチョン)空港に降り立った後、車でソウル中心部を目指した。
車は右側通行の道路を進み、窓の外をハングル表記の看板が流れていく。緑色灯を回した車両は救急車だろうか。だんだん「韓国にいるんだ」という実感がわいてきた。

ソウルに到着後、明洞(ミョンドン)の繁華街で夕食を取った。記念すべき“本場の味”第1号は、プルコギ焼き肉。ジンギスカンで使うような鍋に、こんもりと盛られた肉と野菜が、ジュージューといい音を立てて焼けていく。甘じょっぱい味付けに、箸がどんどん進んだ。明日からの取材に向け、力が付いた気がする。

宿泊地の仁寺洞(インサドン)でホテル周辺を歩くと、見慣れたコンビニのネオンと、ひらがな表記の看板が飛び込んできた。日本では気にも留めない風景に、視線が吸い寄せられていく感覚が新鮮だった。
観光名所もしっかり回る!そうすると、やはりお腹が…
ソウル市内の2日目。青瓦台や景福宮など定番コースを回り、気付けば歩数計アプリのカウントは1万6千歩を超えていた。


たくさん歩くと、おなかもすく。この日の夕食は「部隊(プデ)チゲ」。赤々としたスープに一瞬おじけづいたが、意外と辛くない。具だくさんで食べ応えもある。

一緒にニラチヂミもいただいた。もちもちとした生地に具材が入っているというイメージが強かったチヂミだが、こちらはニラそのものが主役。食感がサクサクと心地よく、何枚でも食べられそうだった。

ところで、韓国といえばキムチを思い浮かべる人も多いのでは。撮りためた写真を見返すと、初日も2日目もそれ以降も、毎日キムチがテーブルに並んでいた。辛さや酸味も店によってさまざまで、食べ比べが密かな楽しみになっていた。
総領事館から引率役として同行していたイ・イェジンさん(33)は「韓国では、子どもの頃から少しずつキムチを食べて、辛さに慣れていくんですよ」と教えてくれた。さすが国民食。身近さが伝わってきた。

聞いてみたかった「新潟の印象は?」
今回の行程で気になっていた訪問先の一つが、釜山広域市にある韓国観光公社だった。ハンガウィ祭りの盛り上がりを見ていただけに、観光に詳しいプロに新潟のことを聞きたかった。
「韓国の人々は、新潟についてどんな印象を持っているんですか」。支社長のパク・ヒョングァンさんに率直に尋ねると、自身の印象として「酒やコメが有名ですよね」と話す一方で、「(市民には)新潟はあまりよく知られていないんです」との答えが返ってきた。韓国第二の都市ではそんな感じなのか…。
観光地として知名度が高く、韓国へ多くの直行便がある日本の大都市と比べると、ソウル線が週3往復する新潟は旅行先としてまだ浸透していない様子だった。

耳寄りな情報も。「韓国の若者の間では、日本の地方を訪れるのがブームになっているんです」とパクさん。インスタグラムに「#日本小都市旅行」というハッシュタグもあるとか。
イェジンさんにハングル表記を教わって検索してみた。日本家屋が立ち並ぶ街並み、鉄橋を通過するローカル線、地元住民が通うような飲食店…。どこかほっとするような風景がいくつも投稿されている。
「小都市人気」の背景について、イェジンさんは「その街ならではの雰囲気を味わいたい、という思いがあるのでは。日本のアニメが好きな若者が『聖地巡礼』で訪れることもある」とみている。
地元の人からすると「ここが?」「こんなことが?」と思うような場所や風景でも、旅人には新鮮に映るのかもしれない。
思わぬ出会いに心が弾む
素顔の街に魅力を感じるのは、ほとんどが大都市だった今回の旅でも実感したことだ。ソウルに着いた夜のことを思い浮かべる。
「3次会」でソウル市内の日本風居酒屋へ向かおうとしていた時のこと。地図アプリを起動し、歩き始めて間もなく、一緒に韓国に行ったメンバーの一人のスマートフォンが鳴った。両親が訪ねてくるからと、先にホテルに戻っていたイェジンさんからだった。
どうしたんだろう、忘れ物かな…と思っていると、「イェジンさんが『父が皆さんを案内したがっています』ですって」とのこと。うれしいサプライズに、甘えさせてもらった。
イェジンさんとご両親に合流した記者たちは、父親のイ・ソンベさん(59)の案内でホテル近くの路地裏に入った。ソンベさんの足取りに迷いはなく、どんどん細い路地を進んでいく。

路地に立ち並ぶ飲食店は、たくさんの人々でにぎわっていた。40〜50分ほどかけて歩く中で、時折後ろを振り返りながら、「かやぶき屋根みたいでしょう」「日本語のお店もありますよ」と教えてくれる。
路地を抜けると開けた通りに出た。看板のネオンがまぶしい。屋外には屋台のようなブースも出ていて、何組ものグループ客が、夜風に当たりながら楽しそうに酒を飲んでいた。ソンベさんの案内がなければ、きっと感じることができなかった街の息づかいだ。
目的地の日本風居酒屋「和」に到着すると、ソンベさんはさっと店内をのぞいて席を取ってくれた上、「皆さんで食べて」と手土産まで持たせてくれた。
すっかり恐縮していると、...