3月19日に開幕する選抜高校野球大会(春のセンバツ)の出場校を決める選考委員会が1月30日、大阪市で開かれる。昨秋の北信越高校野球大会を制した帝京長岡が初出場を確実にし、準優勝の日本文理も出場が有力視されている。一般選考で県勢2校が選ばれれば初の快挙となる。出場校の決定を前に、県勢の名場面を振り返る。
日本文理が初出場
2006年
ちょうど20年前の2006年1月31日、日本文理に吉報が届いた。春のセンバツへの初出場が決まったのだ。「センバツは夢だった」「きのうは(午前)3時くらいまで寝付けなかった」。吉報を受けた選手たちは帽子を投げ上げ、喜びを爆発させた。
日本文理は前年秋の北信越大会で準優勝したが、センバツ出場はまだ確定的ではなかった。北信越の決勝で高岡商(富山)に8-15で大敗。準決勝で高岡商に2-5で負けた金沢桜丘(石川)が21世紀枠の候補にもなっており、日本文理が選ばれるか「微妙」との見方があった。それだけに、出場を決めた選手たちの喜びはひとしおだった。
この時、78回目を数える春のセンバツで、過去に県勢が出場したのはわずか6回。いずれも初戦敗退で、3点以上を奪った試合はなく、ノーヒットノーランに抑えられたこともあった。全国唯一のセンバツ「未勝利県」。初勝利は県内高校野球関係者の悲願となっていた。
しかし、県勢を苦しめてきた雪国のハンディが、この年も重くのしかかる。県内は例年にない寒波に見舞われ、2月にグラウンドで練習できたのは5、6日程度。3月上旬までは校舎内を走ったり、筋トレをこなしたりと、基礎練習を中心にせざるをえなかった。当時の大井道夫監督は初戦まで半月を前に、「仕上がりは遅れている。打線がどうといえる段階ではない」...
残り2731文字(全文:3446文字)










