
高みを目指し、涙でふるさとを離れた少女が大きく成長し、世界の舞台で輝いた。フィギュアスケート女子で日本勢最年少メダリストとなった中井亜美選手(17)=TOKIOインカラミ・新潟市出身=。幼い頃から、はじける笑顔がトレードマークだが、中学入学を機に千葉県へ引っ越す時は目を真っ赤にした。あれから5年。五輪での銅メダル獲得に、友人らは「やはり亜美ちゃんは笑顔が似合う」と快挙を喜んだ。
女池小時代の友人、望月理央さん(17)には記憶に残るシーンがある。小学校時代から、いつも前向きで明るい子だった中井選手。しかし、千葉に引っ越す前、中井選手ら3人で県立自然科学館(新潟市中央区)に遊びに行った帰り際、涙をこぼした。「お母さんの車が迎えに来た時、亜美ちゃんが泣き出して」。皆で涙し別れを惜しんだ。
当時の担任の竹内佳保子さん(58)も、卒業式の日、涙を流していた姿を覚えている。中井選手は元世界女王の浅田真央さんに憧れて競技を始めた。スケートをより上手になるために、小学校卒業とともに地元を離れて厳しい環境に身を置くことを自ら決めた。
「新潟を離れるさみしさもあったのかな」。教え子が世界の大舞台で活躍する姿を喜びつつ「ここに来るまでに、涙を流す場面もあっただろう」と推し量る。
距離は離れても、中井選手は新潟で育んだ友人との縁を大切にしている。昨年帰省した際は、友人とプリントシールを撮影したり、お菓子を食べたりと楽しんだ。学校生活の話など時間を忘れて盛り上がった。
中井選手と同じクラブで切磋琢磨(せっさたくま)した武田結仁(ゆうじん)選手(16)=星槎(せいさ)国際高札幌・新潟市出身=は北海道苫小牧市に拠点を移した今も大会前などにメッセージを送り合う。ショートプログラム(SP)で首位に立ち、「かっこよかったね」と伝えると、中井選手から「ありがとう」と返ってきた。
涙の先に訪れた、五輪銅メダルという結果が全国に笑顔と勇気をもたらした。「SPトップという重圧の中でトリプルアクセルを跳び、ミスにも動揺せずに演技を続けた。努力のたまもの」と語る武田さん。「やはり亜美ちゃんは笑顔がぴったり。すべての人にスケートで力を与えてくれた」
◆夢の原点は新潟のリンク、小学校時代の浅田真央さんの指導胸に
憧れの浅田真央さんの代名詞「トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)」を大舞台で決め、メダルを手にした中井亜美選手。夢への原点とも言えるのが8年前、新潟市中央区のリンクで開かれた浅田さんのスケート教室だった。
当時小学4年生だった中井選手は...












