-八王子市の小中学校を対象に、校歌の歌詞と自然体験教育の関係を分析-
ポイント
●八王子市内の公立小中学校の校歌を収集し、歌詞中の「高尾山」「山」「峰」など山に関する語の有無や数を調べました。
●あわせて、各学校が自然体験型の行事や近隣緑地の活用を行っているかについてアンケート調査を実施し、63校から有効回答を得ました。
●これらの関係を分析した結果、校歌に「高尾山」のような具体的な地名ではなく、山に関連する一般的な単語が含まれている学校ほど、近隣の緑地を教育活動に利用している傾向が示されました。
●校歌の歌詞という地域の自然を表す文化的な要素が、学校教育における身近な自然との関わりに影響している可能性が示唆されました。
概要
東京都立大学大学院都市環境科学研究科の宮内一輝大学院生(研究当時)、大澤剛士准教授は、東京都八王子市の公立小中学校を対象に、校歌の歌詞に含まれる自然に関する単語と、学校で行われている自然関連教育活動との関係を調べました。その結果、校歌に「山」や「峰」など山に関する言葉が含まれている学校ほど、近隣の緑地を活用した教育活動を実施している傾向があることが明らかになりました。これは、地域の自然環境が校歌という文化的表現の中に組み込まれることで、学校における自然との関わり方にも影響を与えている可能性を示唆しています。自然がもたらす非物質的な恵みである文化的サービス[1]が、人々の価値観だけでなく、具体的な行動にも結びつきうることを示した研究成果です。本研究成果は、4月8日付けで、PENSOFTが発行する英文誌『Nature Conservation』において発表されました。
研究の背景
自然環境は、食料や水、災害軽減のような物質的な恵みだけでなく、風景の美しさ、地域への愛着、文化的な象徴性といった非物質的な価値も人間社会にもたらしています。これらは生態系サービス[2]の「文化的サービス」と呼ばれています。近年、この文化的サービスは、人々の自然観や地域への愛着を形づくるだけでなく、環境保全行動や自然との関わり方にも影響する可能性があることが指摘されています。
歌詞は、自然を文化の中に表現する重要な媒体の一つです。しかし、一般的な歌は様々な場所で歌われるため、歌詞に含まれる自然表現も抽象的で、特定の地域との結びつきは必ずしも強くないことが多いです。これに対して校歌は、特定の学校や地域に根ざし、日常的・反復的に歌われるという特徴があります。そのため、校歌において地域の自然がどう扱われているかは、学校や地域社会の自然との関係を考える上で、興味深い手がかりになると考えられます。そこで本研究では、高尾山を中心とした山々が自然環境の象徴である東京都八王子市の小中学校を対象に、校歌の歌詞に含まれる山に関連した表現と、学校で行われている自然関連教育活動との関係を検討しました。
研究の詳細
八王子市内の公立小学校67校、公立中学校35校、小中複合学校2校を対象に、各学校の公式ウェブサイトから校歌の歌詞を収集しました。学校での自然関連教育活動については各校を対象にアンケート調査を実施し、自然体験型の学校行事の有無、地域の自然保全団体の活動への参加の有無、教育活動における近隣の緑地利用の有無を尋ねました。全103校(小中複合学校を含む)から収集した歌詞のうち、アンケート調査の回答が得られた63校の校歌について、八王子市の自然環境における象徴のひとつである高尾山に着目し、校歌に含まれる「高尾山」という単語および、山に関連する単語を抽出しました。その結果、63校のうち7校の校歌には「高尾山」という語が含まれており、30校では何らかの山に関連する単語が確認されました。特に「山」や「峰」は比較的多くの校歌に登場していました。アンケート調査の結果、自然体験型の学校行事を行っている学校は29校、近隣の緑地を活用している学校は42校でした。なお、自然保全団体の活動への参加は3校にとどまり、統計解析に十分な件数が得られませんでした。これらのデータをもとに統計解析を行ったところ、「高尾山」という具体的な地名が校歌に含まれていることは、自然関連教育活動と有意な関係を示しませんでした。一方で、「山」「峰」などの山に関連する単語が校歌に含まれている学校、あるいはそのような語がより多く含まれている学校では、近隣の緑地を教育活動に利用している傾向があることが示されました。この結果は、地域の自然環境を象徴するような単語が校歌に含まれることで、学校教育において地域の自然環境を積極的に活用するという行動が喚起されている可能性を示唆するものです。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604066950-O3-PR6ubUOG】
図1.八王子市内の公立小中学校と、アンケートの回答が得られた学校の分布地図。アンケートは市内全域から広く回答を得ることができた。
研究の意義と波及効果
本研究は、校歌という学校文化の中に埋め込まれた自然表現が、実際の教育活動という具体的な行動に関係している可能性を示した点に大きな意義があります。自然に対する意識や地域への愛着は、しばしば目に見えにくいものですが、本研究は、そうした文化的な価値が、身近な緑地を教育に活用するという具体的な行動と結びついている可能性を示しています。子どもの頃の自然体験は、将来の環境意識や自然そのものへの関心に大きく影響することが知られています。地域の自然が校歌を通じて学校文化の中に息づき、教育活動にも影響していることは、子どもたちが身近な自然に親しみ、地域環境を大切に思うきっかけづくりにもつながる可能性があります。
一方で、今回の研究は、校歌に含まれる山関連語に注目した分析であり、川や森、生きものなど他の自然要素までは対象としていません。また、今回実施した分析はあくまで相関関係を見ているもので、校歌の表現が教育活動に影響したのか、それとも地域全体の自然志向が両方に反映されているのかといった因果関係については、今後さらに検討が必要です。こうした点を発展させることで、文化と自然のつながりを生かした環境教育や地域づくりのあり方に新たな知見を与えることが期待されます。
用語解説
[1]文化的サービス
自然環境から得られる恩恵のうち、景観の美しさ、地域への愛着、文化的な象徴性、学びやレクリエーションなど、主に非物質的な価値を指します。
[2]生態系サービス
自然環境が人間にもたらす恵みのことで、大きく「基盤的サービス」「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」の4つに分けられます。
論文情報
掲載誌:Nature Conservation
タイトル:Are cultural ecosystem services expressed in school songs associated with nature-related educational activities?
著者:Kazuki Miyauchi, Takeshi Osawa
DOI:doi.org/10.3897/natureconservation.63.180492












