時代の一場面を鮮やかに切り取った報道写真。決定的瞬間の裏側を、証言と写真でたどる。=第3回=

=第1回=王者マイク・タイソンが東京で敗れた「世紀の番狂わせ」
=第2回=オウム真理教のサティアンで羽交い締めに

不審な車が接近しているとの無線が入り、イラク軍の襲撃に備えて歩哨に立つ米陸軍の兵士。砂嵐の影響で周囲がオレンジ色になり視界が奪われたため、兵士にこちらは見えていない。声をかけてからカメラが壊れないように数コマだけシャッターを切った=2003年3月25日、イラク南部サマワ近郊(撮影・関根孝則)
不審な車が接近しているとの無線が入り、イラク軍の襲撃に備えて歩哨に立つ米陸軍の兵士。砂嵐の影響で周囲がオレンジ色になり視界が奪われたため、兵士にこちらは見えていない。声をかけてからカメラが壊れないように数コマだけシャッターを切った=2003年3月25日、イラク南部サマワ近郊(撮影・関根孝則)

 2003年3月25日、イラク戦争で米陸軍に従軍取材した共同通信の関根孝則は、イラク南部サマワ近郊で歩哨に立つ兵士を撮影した。オレンジ色の“闇”の恐怖を関根が語る。

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 戦地取材を志願したのは「戦争ってどんなものなのか、自分も見たい」という単純な理由です。

 従軍した部隊はイラクの南東部から北西方向に進み、首都バグダッドを目指した。同僚の儀間朝浩記者と私は兵士5人と装甲車に乗り、寝起きを共にしながら進みました。この砲兵部隊は前線よりも後方から砲弾を撃ち込む。イラク軍との遭遇をほとんど想定しておらず、緊迫感は薄かった。

 同乗した兵士は、1等兵が日本製ゲーム機に熱中していたり、軍曹は推理小説を読みふけっていたり。隣国クウェートの砂漠で訓練を続けてきたとはいえ、実戦経験者が誰もいませんでした。

 現地の砂はものすごく細かいパウダー状で、ふわふわと漂っている。カメラや送信機器を守るためにラップを巻きつけ、穴をテープでふさいだ。戦場の恐怖やリアリティーを私に与えるのが、この砂になるとは予測できませんでした。

 不審な車が近づいているという無線連絡が入って、兵士たちは装甲車から出た。砂嵐が太陽光をさえぎり、...

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