【2021/07/29】
アルコールやギャンブルなどあらゆる依存症の治療に当たる「さいがた医療センター」(上越市)の体育館は、週1度筋トレスタジオに変わる。アップテンポな曲が流れる中、10人ほどの入院患者がバーベルやダンベルなどを使って1時間、トレーニングに汗を流す。
「頑張ったね」「すごいぞ」-。65キロのバーベルを持ち上げ、自己最高を更新した男性に、仲間たちが拍手を送った。ギャンブル依存症で入院するこの男性は「1カ月間で10キロ増やしてあげられるようになった。筋トレで気持ちがスッキリし、病気のことも忘れられる」と笑顔だ。
筋トレが趣味の看護師、嶋田渉太さん(26)が提案し、今年4月から本格始動した人気の治療プログラム「SAI-ZAP(サイザップ)」だ。高校まで野球部だった自身の体験から、筋トレで目標を持って努力することで患者が達成感を得られると考えた。
患者には自己肯定感が低い人もいる。「成功体験を通して自信を付けてほしい」と嶋田さん。器具の使い方や呼吸の方法、姿勢などを親身にアドバイスする。
退院後もプログラムを楽しみに通う人がいる。筋トレが好きになり、スポーツジムでスタッフとして働くようになった人も。嶋田さんは「患者が前向きになっていくのが分かると、やりがいを感じる」と手応えを語る。
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同センターの依存症治療には、医師、看護師、心理療法士や作業療法士、ケースワーカーや薬剤師ら多職種のスタッフ約50人が連携しながら、患者に向き合っている。
治療プログラムには、嶋田さんのようにスタッフに自発的に関わってもらう。新たなアイデアが生まれるメリットもあり、意見を積極的に取り入れている。佐久間寛之副院長は「患者に楽しい体験をしてもらうには、スタッフもノリノリで楽しく関わってもらうことが大事」と説明する。患者からの評判が悪ければプログラムも見直す。
患者の中には病気だけでなく、家族ら人間関係の悩みや、退院後の生活や仕事などさまざまな問題を抱えている人は少なくない。医師は個々の患者に長時間接することは難しいため、さまざまな職種が関わることで、患者の幅広いニーズに応えている。
佐久間副院長は「医師は全体の方向付けをする指揮者のようなもの。スタッフの自信ややる気を引き出すことを大切にしている」と強調する。
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依存症の患者はアルコールや薬物などで、食事や睡眠がおろそかになり、生活が乱れがちだ。
退院後も食事を規則正しく取って生活リズムを保つため、栄養士も依存症患者の回復を積極的にサポートする。「大活躍している」と佐久間副院長が太鼓判を押す栄養士3人が、バランスよく食べる方法や、退院後に電子レンジなどで簡単に調理できるレシピを伝えている。
定期的に調理実習もあり、カレーなどを作る。スタッフが施設の中庭に整備した菜園で、患者と育てた野菜で料理することもある。
栄養管理室長の中谷成利さん(51)は「一緒に作って食べることで患者同士のコミュニケーションが生まれ、孤独感を和らげる。食生活を建て直す手伝いをしたい」と意気込む。
アルコール依存症で入院する上越市の男性(65)は「朝から食べずに飲んでいたので体重は減って体はむくんでいた。今は食事も残さず食べている。退院後も学んだことを生かしたい」と前を向く。
中庭には手作りのピザ窯が完成し、中谷さんはピザを焼いて楽しむパーティーを計画している。「目標は心とおなかを満たせる栄養士」と中谷さん。患者に寄り添ったサポートを続けるつもりだ。