
大相撲初場所が11日、東京の両国国技館で初日を迎えた。その初場所で、力士のまげを結う床山の最高位「特等床山」に新潟県出身として初めて昇進した人物がいる。床好(とこよし)=本名・涌井好三(よしみ)=さん(61)=十日町市出身=だ。力士で言えば横綱と同じ存在で、特等は床好さんただ一人。「トップとして後継者を指導し、立派な床山に育てることが相撲界の『宝』になる」と熱を込めて語る。
床好さんは1980年3月の春場所で時津風部屋に入門し、45年のキャリアを積んだ。「勤続45年以上、年齢60歳以上で成績優秀な者」との規定を満たし、2025年10月の日本相撲協会理事会で特等床山への昇進が決まった。
昇進は協会からの一斉メールで知った。「うれしかった。同時に、多くの人にお世話になってここまで来られたと感謝の気持ちがこみ上げた」と頬を緩める。

相撲が好きで大相撲に関わる仕事に就きたいと考えていた中学3年の2月。地元・十日町の相撲連盟から時津風部屋を紹介され、入門が決まった。「親方に『テレビに映りたくない』と話したら、行司や呼出は映るから床山になりなさいと言われ、道が決まった」と笑う。
中学の卒業式を終えた2日後には春場所中の大阪へ向かい、床山人生が始まった。支度部屋には横綱・北の湖や輪島ら名力士が居並び、華やかな世界に飛び込んだと実感した。「ただ、右も左も分からない。兄弟子から櫛(くし)を渡され、『やってみなさい』と。見よう見まねで学ぶしかなかった」
入門後は若手力士と同じ大部屋で暮らし、朝夕の部屋の掃除や雑用もこなした。床山の技術は先輩の動きを観察し、時代劇のかつらも参考にしながら磨いてきた。一通りの仕事ができるまで20年はかかったという。

十両以上の関取だけに許される大(おお)銀杏(いちょう)は今でも、納得のいく形にできるのは本場所15日間で3日ほど。「高い精神力を保ち続けるのが難しい。何年たっても場所前は緊張して眠れない」という。
床山は自身が所属する部屋の力士のまげを整えるのが基本。特等だからといって横綱の大銀杏を結えるわけではない。床好さんの入門以降、時津風部屋に横綱はいない。「地位は無関係。若い衆でも関取でも区別せず、心を込めて整えるのが床山の本分だ」と言い切る。
最高位として恥ずかしい仕事はできない。「技術の鍛錬に一層励むのは当たり前。むしろ、最後までやり遂げられる人物を育てることが大切でしょう」。床山の文化と技をいかに残していくか。65歳の定年まであと4年。特等としての責任を果たしていくつもりだ。











