音楽番組「ザ・ベストテン」の司会を務め、「ニュースステーション」のキャスターとして報道番組の新しいスタイルを築いたフリーアナウンサーの久米宏(くめ・ひろし)さんが1日、肺がんのため死去した。81歳。埼玉県出身。葬儀は近親者で行った。
1967年に早稲田大を卒業し、TBSに入社。ラジオ番組の中継コーナーで頭角を現し、75年にテレビのクイズ番組「ぴったしカン・カン」の司会になった。78年から「ザ・ベストテン」の司会を黒柳徹子さんと務め、軽妙な語り口で全国区の人気を獲得した。
フリーになった後、85年にテレビ朝日「ニュースステーション」の開始と同時にキャスターに就任。親しみやすい口調や小気味よいコメントなどで、堅苦しいイメージだった報道番組に新風を吹き込んだ。埼玉県所沢市産の野菜のダイオキシン報道を巡っては「農家に大変な迷惑をかけた」と謝罪したこともあった。
2004年の「ニュースステーション」の最終回では「厳しい批判、激しい抗議もあったが、そういう批判があったからこそ続けられた」と語り、ビール瓶の栓を抜いて一人で乾杯する姿を見せ、話題となった。06〜20年にTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」のパーソナリティーを務めるなど活躍を続けた。
他の代表的な出演番組に「おしゃれ」「久米宏のTVスクランブル」。著書に「久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった」などがある。
◎久米宏さんの妻麗子さんのコメント 久米は、最後まで「らしさ」を通したと思います。大好きなサイダーを一気に飲んだ後、旅立ちました。まるで「ニュースステーション」の最終回でビールを飲み干したあの時のように。自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います。常に新しいことに挑み、純粋な心で世の中の疑問を見つめる人でした。多くの皆さまに向けて自分の思いを偽らずに発信できることが、彼の最大のモチベーションでした。
◎ 「ザ・ベストテン」で共に司会を務めた俳優でエッセイストの黒柳徹子さんのコメント 私には親友という人が、いるようで、いなかった。あなたは、その中で「ザ・ベストテン」以来本当の親友だった。政治のことも、日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合った。久米さん、本当に悲しいです。あなたとのナマ放送の厳しいやりとり懐かしいです。本当は涙もろく優しい人だった。久米さん、「さよなら」は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう。「私の涙が見えますか?」。本当に友達でいてくれてありがとう。












