カフェで開かれたウクライナ民謡のコンサートで歌うタヤ・バルカロワさん=2025年3月、札幌市(NPO法人「飛んでけ!車いす」の会提供)
カフェで開かれたウクライナ民謡のコンサートで歌うタヤ・バルカロワさん=2025年3月、札幌市(NPO法人「飛んでけ!車いす」の会提供)
ウクライナを出国する前のタヤさんと祖母バレンティナさん=2022年5月(タヤさん提供)
教室に立ちウクライナ人の生徒らと日本語について話す杉田邦昭さん=2025年2月、札幌市
語学教室のメンバーと大倉山スキージャンプ場を見学した栄原さんとタヤさん=2023年5月、札幌市(栄原さん提供)
公園の花壇に、平和を祈ってウクライナの国章の形でお花を植える語学教室のメンバー(中央がタヤさん)=2023年6月、札幌市(栄原さん提供)
語学教室が始まった頃、授業の合間におやつを食べる角田さんとタヤさん=2022年、札幌市(角田さん提供)

 2022年2月24日の朝、愛称を呼ぶ祖母の声が震えていた。「ターシャ、起きて。戦争が始まった」。すぐには意味がわからなかったが、母たちのいる首都キーウがミサイル攻撃を受け、両親や妹が地下シェルターに避難していると知った。「前の晩まで、普通の日が来ると思ってた」

 当時17歳だったタヤ・バルカロワさん(21)はウクライナ中部の緑豊かな町クレメンチュクで歌手を目指し、高校に通いながら歌のレッスンを受けていた。両親はキーウで働き、農場を営む祖父と看護師の祖母がそばにいてくれた。祖母が病院から帰ると、家の近くの畑に一緒に野菜をとりに行き、その日の出来事を話した。当たり前のようにあった日常の光景は、あの...

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