【2021/05/27】
2005年の開設から、若者らが夢を育み、音楽を届けてきたライブハウス「上越EARTH(アース)」(新潟県上越市)。ここを出発点に全国区の人気を得たアーティストもいる。バンド、ファン、運営。感染下のライブハウスで、それぞれの思いを乗せた音楽に耳を澄ませた。
薄暗いステージ上に、観客の方へ手を上げながら若者たちが姿を現す。一瞬の静寂の後、ギター、ベース、ドラムの音が一気に会場を満たした。ステージを照らすライトがまばゆい。そして、見えない新型コロナウイルスを象徴するように「透明な壁」が浮かび上がる。観客たちとバンドの間を隔てる、高さ約2メートルのアクリル板だ。
昨春、ウイルスは各地のライブハウスから音を奪った。クラスター(感染者集団)の発生などがあり、密閉・密集・密接の「3密」の代表のように扱われ、社会の冷たい視線を浴びた。営業を自粛し、閉店に追い込まれた店もある。
ウイルス禍が長引く現在、感染対策や状況と向き合いながら、音楽は手探りで奏でられている。その音は、上越市高田地区のライブハウス「上越EARTH」からも聞こえてきた。
「登録をお願いします」。来場者には受け付けで、感染者が出た際に注意喚起などの情報を伝える県の「お知らせシステム」に登録してもらう。続いて手指消毒と検温を実施。通常150人収容できるフロアは50人までに制限し、足元には間隔を取って立ってもらえるよう目印がある。
「絶対にここで感染者を出したくない」。オーナーの渡邉香織さん(45)の思いだ。昨春から計5カ月も休業状態の期間があり、その後も感染状況を見ながらの営業が続く。経営は厳しい。「ライブをせずにこの場所を維持できるなら、やらないかもしれない。でも、そんな期間はもう過ぎてしまった」
感染下での営業に批判的な意見があることは分かっている。でも人は生きていく中で、どうしても失いたくないものがあると思う。
「私たちにとっては、それが音楽だった」
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4月中旬、「上越EARTH」で行われたライブ。マスク姿で間隔を取って立つ観客たちが音楽に体を揺らす。声は出せない。ただ、ボーカルの叫びに拳を上げて反応し、曲の終わりには拍手が会場を包む。
出演したのはバンドや弾き語りの3組。トリを飾ったのは、EARTHを拠点とする地元の3人組ロックバンド「ミニマムジーク」だった。
「来てくれてありがとうございます」。観客に向けてあいさつしたのは、ボーカル&ギターの山之内ケリーさん(20)=本名・健人=。曲が始まると、髪を振り乱しながらエレキギターをかき鳴らし、真っすぐに歌を響かせた。
音楽好きな兄の影響を受けて高校で軽音楽部に入り、その頃からEARTHのステージに立つ。小さい頃は野球やスキーもしたが、特別な選手ではなかった。しかし、ライブの時間は自分たちだけに視線が注がれる。「良かったよ」「かっこよかった」という言葉に自信をもらえた。夢中になれるのは音楽だけだった。
高校卒業後の進路も迷わなかった。頭にあったのはEARTHの先輩バンド「My Hair is Bad(マイヘアーイズバッド)」の存在だ。上越を拠点としながら全国のライブで人気を広げ、日本武道館も満員にした。「ここでもできるって、その道をマイヘアが証明してくれた」
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EARTHで出会ったメンバーと夢を追う。アルバイトをしながらライブを重ね、曲を作り、腕を磨く。そして声が掛かり、ことしは本格的に県外のライブへの進出も始めている。静岡、大阪、東京など、車中泊をしながら遠征した。県外でのライブは知名度を上げるチャンス。だが、そのタイミングはウイルス禍と重なった。
感染者の多い地域に行くことに不安はある。「もし感染したらたくさんの人に迷惑が掛かり、僕らだけの問題ではなくなる」。各地のライブハウスは感染対策に取り組んでいる。それでも出演予定だった関西でのライブが感染拡大で中止になった時は、どこか安心した自分もいた。
「ライブをしたいという気持ちと、不安と、折り合いを付けてやっていくしかないのかな」。活動の中で感じる不安はウイルス禍のことだけではない。自分やバンドのことも、これから先のことも。考えすぎて精神的に落ち込んでいた頃、EARTHでのライブを迎えた。
他のバンドのライブを後ろから眺めて、自分たちの出番を待った。そしてステージに上がって地元の観客たちの目を見た時、不安が軽くなるような感覚がした。そのことを自分なりの言葉で、曲の合間のMCで伝えた。
「ステージに立つ人と、お客さんがいる。それだけで、それだけでいいなって思いました。本当にそれが全てだと思います」

