22年前の2004年、第2回日朝首脳会談が行われ、拉致被害者の家族5人が帰国した。佐渡市の拉致被害者、曽我ひとみさん(67)は会談から約2カ月後に夫と2人の娘に再会した一方、一緒に拉致されて行方が分からない母ミヨシさん=失踪当時(46)=の帰国を待ち続けている。高齢の母や、北朝鮮で一時、共に暮らした拉致被害者の横田めぐみさん=失踪当時(13)=らへの思いを聞いた。(佐渡総局・林康寛、報道部・永井竜生)

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 -拉致問題解決への進展がない中、母ミヨシさんの帰りを待つ今の気持ちは。

 「母は94歳と高齢になってしまっており、一日一日どんな風に暮らしているのか、どこまで一人でできることがあるのかと、本当に考えれば切りがないほどだ。母が久しぶりに夢に出てきてくれた。年齢と共に歩くのも大変なのか、車椅子に乗っていた。もうますます時間がない。本当に母に会えるのだろうかという、あまりにも長すぎて疑問さえ感じてしまうこのごろだ」

 -第2回日朝首脳会談後、北朝鮮に残された人たちへの思いは。

 「母もめぐみさんも何とか一日でも早く帰ってきてほしいという思いが強くなった。拉致被害者の家族が帰国し、その後に続いて被害者も帰ってくるのではないかと最初は思っていたが、5年たち、10年たち、20年たち、全く帰ってくる気配もなくなってしまった。やるせなく、もっとたくさんの人が帰国できたらいいのにという思いで、ずっと過ごしてきた」

 -めぐみさんの母早紀江さん(90)も同じように帰国を待っています。

 「早紀江さんは母と年齢が近いことや、私が北朝鮮でめぐみさんとしばらく生活していたので、私はずうずうしくも『お母さん』と呼んでいる。母と同じように元気でいてほしく、家族の帰りを待つ気持ちも同じだ」

 -この間、曽我さんにとって変化はありましたか。

 「2年前から...

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